コンコン…
寄り添い、お互いの火に照らされてほんのりと紅潮した頬と火を映す瞳の輝きに見とれ
少しずつ顔が近付いて思わず唇が触れそうになってきたところで、山小屋の扉を叩く音が響く。
(もう少し眺めていたい気もしたけど、私の空腹も限界に近付いているのよね)
「俺、出ます」
若島津が立ち上がり、扉を開けた。
扉の外には、二人より2〜3上くらいだろう美しい女性が白いスキーウェアに包まれ、艶やかな黒髪を雪にまみれさせながら立っていた。
「早く入れ、寒かっただろう?」
日向がサッと立ち上がり、美女を火の前に座らせた。
「さぁ、これを」
若島津が毛布を被せる。
日向は残りのスープを温め直し、若島津はパンにチーズとベーコンを挟む。
「お腹も空いたでしょう?さぁ、どうぞ」
彼女の美しさを内心称賛しながらも、邪な下心などは微塵もなく(そういった人間の心の匂いはすぐに判るのだ)
自分達と同じように、スキーで迷ってきたであろう女性を純粋にいたわる魂に、心が温かく満たされていく感じがした。
あぁ…一度だけ人間の儀式に乗っ取って結婚したあの男を思い出す。
彼の愛の力を栄養に、年毎に美しくなる私を村人は最初は称賛しながらも、段々気味悪がった。
「なぜ老けないのだ?」
「妖怪ではないか?」
あの青年は、人間の歳相応に老いていきながらも私を庇った。
「妻が美しいことを妬まれてしまったよ。でも俺は幸せだぁ〜。こんなに可愛いお前と一緒にいられるなんてな」
嬉しそうに、いつも私を抱き締めてくれた。
その愛情で、また私の体は力を注がれていった。暑さに弱く、最初は毎年寝込む日も多かった筈の夏にも元気に働けるようになり、姿もまた美しく輝きを増していった。
「あ、俺は日向小次郎。こいつは若島津健。多分、同じくスキーでドジッてこの小屋に着いたんだ」
「若島津健です。無事、山を降りるまで宜しくお願いしますね」
精悍男前垂涎魂…もとい、日向小次郎と神秘的美貌食欲魂…いや、若島津健が礼儀正しく挨拶をしてきた。
肉体のみならず、心も美味しそうな魂ね。
「深雪です。宜しくお願いします」
かつて結婚した男がつけてくれた名前を名乗った。
(可愛い素敵な名前でしょ?)
彼らから差し出された、野菜スープやチーズとベーコンのサンドイッチが不思議と、深雪の体に活力を与え、空腹を満たした。そして、何より温かさが心地よく美味しかった。
(あれ?本当に物理的に。おかしいわね、人間のエサは、食べれなくはないけど栄養にはならない筈なのだけど
本当に疲れが癒されて力が注がれているわ)
二人と共に、火にあたり(火も苦手なはずなのだが)若島津が語る怪談に笑いながら深雪は時間も空腹も忘れ、久しぶりに楽しい気分を味わった。
(ふぅん、人間はあの妖怪をこう見てるのか)
中には知っている仲間の話もあり、突っ込みドコロも沢山あったが
知らない目線からの彼らへの解釈を聞くのはなかなか楽しかった。
日付も変わる頃、美味しそうな魂2体は、うとうとと寄り添い始めた。
「楽しませてもらったわ。とびきりいい夢を見せてあげるそれにしても、今夜のご馳走は格別ね」
さぁ…お腹の虫も、これ以上は待てないと…
「あれ?」
不思議と、もうお腹が空いていない。
それどころか…
今まで食べたどんなご馳走の後よりも満たされている?
これほどまでに体が心地よく、エネルギーに溢れているのは
「あの人に愛されていた日々以来だわ」
深雪は、獲物2体を不思議に思って見つめた。
「これは…」
寄り添い、穏やかな寝息をたてる二人から流れてくる温かく力強いエネルギー。
「あぁ…純粋な『愛の力』。二人はそうなのね」
深雪の体は誤魔化せない。
二人の魂を直接喰らうよりも、深雪の心と体に流れ満たしていくエネルギーに
深雪の月明かりに照らされた粉雪の深く白銀に輝きを増す肌に、ほんのりと薔薇色まで加わり、心まで弾んでくるようだ。
髪の毛まで、伸びてますます豊かな艶に溢れてくる。
「既に、稀なご馳走を頂いていたか」
人間が妖力と呼ぶ力も増大したようだ。
礼をするのもやぶさかではない。
今後のこの二人を、見ていくのも面白そうであるし。
「食べちゃったらそれっきりだしね」
深雪は、ふわりと、二人の持ち物に手をかざし、白銀の光を一瞬纏わせた後、夜空に飛び立って行った。
…………
「ん…若島津?」
「あぁもう朝ですか」
ピリリリリ!ピリリリリ!!
!?
「あっ!!」
圏外が続き、電池も切れていた筈のスマホが鳴っている
着信…
日向には「反町」若島津には「島野」
慌てて出る
…………
「もう、心配したんですからね!」
「いくらスキーが上手くても、禁止区域に踏み込んじゃダメです!」
いや…禁止区域の札は見なかったのだが
上級者にとって美味しい、妙に空いているゲレンデを見つけたと思っただけなのだが。
「そういえば深雪さんは?」
「そうだ、一緒に美人がいた筈だが」
深雪は、いつの間にか姿を消していた。
そして、反町達と合流してから、再びスマホの電池は空に
日向達がいた場所は、アンテナ圏外であることが解った。
「人を助ける人外生物もいるみたいですからね」
「雪か山の精が助け船を出してくれたのかもしれませんね」
まぁ、そんな存在でも不思議ではない美しさだったが。
何年か後、皆から(特に深雪から)じれったく思われながら両想いを確かめあった二人は。
時折深雪のことを「あれは夢じゃなかったよな?」と話し確認し合うのだった。