「…ドリル手つかずだ…」
「読書感想文…とりあえず、本何読めばいいの?」
「作文と日記は練習と試合のことで何とか埋めるとして…」
「自由課題って全然自由じゃねぇよ、俺から自由奪ってるじゃん」
「おい、雑巾なら縫ってやるから俺のドリル誰かやってくれ!」
全国少年サッカー大会で決勝まで大活躍しようが、準優勝しようが
惜しくも準優勝に終わった悔しさも、キャプテンが名門東邦にスカウトされ応援する気持ちも関係なく。
平等に期限が迫っているもの。
「夏休みの宿題」
夏休みも残り二週間を切り、吉良監督も練習は午前中のみ
午後は「宿題をやれ。見れるところは見る」
…吉良監督の鬼練習が宿題未完成の言い訳にならなくなった明和のメンバーである。
意外に博識で多趣味な吉良耕三、
素質をそれぞれ見極めて書道や絵画などを自由課題に指導していたりする。
向日の書道のデキがなかなかであったのは本人も驚きであった。
しかし
「自分の字で書かんとバレるぞ。同じところを同じ間違いをしてもな」
「雑巾も、同じ縫い目とかは先生は判る筈じゃぞ?」
そのへんのズルは許さないらしい。
吉良監督の厳しい指導のもと、夏休みの宿題に明和メンバーは格闘していた。
「なんか、今日はやけにみんな気合い入っていないか?」
向日小次郎が首を捻る。
時折だらけそうになる雰囲気を
本当は自分も宿題なんぞ投げ出してしまいたくなる気持ちを圧し殺してチームメイトにハッパをかける役割をつとめる(本当は準優勝に終わった悔しさを一番引きずっているのに)向日小次郎…
しかし、いつにない集中力を見せるメンバーを不思議に感じた。
「まぁいいではありませんか?」
入院中に宿題を殆んど終わらせ、課題のエプロンと雑巾の仕上げを小次郎に手伝って貰って、既に宿題完成…メンバーの監督に回っている若島津がニッコリとする。
「みんなが早く宿題終わらせて、またサッカー練習に集中できた方がいいですよね?」
「ま…まぁな」
つまり俺にもさっさと終わらせろという意味か!?
妙なプレッシャーを感じ、小次郎も集中力を増した。
…結果、その日、皆宿題を終わらせたのだ。
多いようで、読書感想文や自由課題以外は、小学生の宿題など、その気になれば(完成度を求めなければ)1日で終わらせようと思えば終わらせられる。
既に、皆の残された課題はドリルなどの筆記課題のみになっていたのだから。
「よくやったな小次郎、バイト行ってこい!」
はい!
明日からは残りの夏休みはサッカーとバイトに集中できる。
張り切って夕刊を配り
「宿題終わりました!」
と、おでん屋の大将にも報告した。
「そうか、よく頑張ったな」
大将もニコニコと小次郎の頭を撫でた。
その日
開店の18時から20時までの間…
「沢木?」
「な…タケシ…」
次々と、明和メンバーが親を伴って屋台を訪れた。
「宿題、夏休み一週間以上前に終わらせたご褒美♪」
メンバーが誇らしげに
「キミも試合でキャプテンしながら働いて、宿題ももう終わらせたなんて感心だね」
メンバーの親もニコニコと、小次郎にコーラを勧めた。
日向が、屋台が閉店になるならない関わりなく上がる時間になる23時少し前に吉良監督が来ておでんと冷酒を頼んだ。
「今年の誕生日はどうじゃったかな?」
「…!?」
そうか、そうなのか
大将もニヤニヤとしている。
夏休みの宿題をみんなで終わらせて、スッキリした気持ちでみんなでコーラを一緒に飲む。
これが明和の誕生日プレゼントだったのだった。
若島津の家は、さすがに夜の屋台に子供を連れてこれなかったようだが。
しかし、自分が来れないのにその計画に誰よりも貢献した若島津…
「監督、みんな…ありがとうございます!」
自分が12歳になったことに、やっと気付いた日向小次郎だった。
「誕生日過ぎる前に家族に顔を出しな!」
大将が笑う。
まさか…勝や直子も起きて待ってる?
小次郎は、走って家に帰った。
「お帰り兄ちゃん、おめでとう!」
案の定、小さな弟まで起きて待っていた。
「ただいま。遅くなったな。みんなありがとう」
母親、弟妹を1人1人抱き締めながら小次郎の胸はジンと熱くなった。
「兄ちゃん、早く〜!!ケーキあるんだよ!」
ケーキ…そうだな、毎年、それぞれの誕生日には母ちゃんが買うか作るかしてくれる。
みんなでささやかに切り分けて食べようと、食卓に向かったら
「!?」
今まで見たこともない大きい豪華なケーキがあった。
「アイスケーキだってさ。今日食べ残しても日持ちするよ」
夏にアイスケーキ…冷たくて美味しくて贅沢だが…
「母ちゃん…」
「若島津君がね、持って来たんだよ。家で色々稼いだとか言ってね」
そういや若島津の家は、決まったお小遣いでなく「金銭の対価は労働で支払われる」と、家のことへの貢献度評価によって金銭…小遣いを得ていると言っていた。
「若島津…」
何ヵ月も前から頑張っていたのか。
試合のあと
悔しさもあった。
夏の苦しみもあった。
しかし、その夏の12歳の誕生日は、生涯忘れられない思い出となった。