「これ、あげる」
ナツミは、ミオに、チャック付きナイロンポケットを差し出した。
透明なナイロンから、6粒の透き通った小指の爪程の大きさのオレンジ色のタブレットが見える。
薬のような、サプリのような、グミのような粒であった。
「これは何?」
差し出されたナイロンケースを受け取り、ミオは、不思議そうにナツミに目を向けた。
「最近ちょっとしんどそうだから。効能には個人差があるけど、私はコレでよく眠れた。1日1錠。寝る前がお勧めかな」
ニコッと意味ありげな笑みを浮かべてナツミは、ミオの手にナイロンケースを握らせた。
「薬…?何て言う薬?」
「まぁ…飲んでみれば?気に入ったらまた言ってくれれば…その時は原価と、ちょっとだけ手数料は貰うけど」
「ちょっと…」
更なる説明を、ミオが求めようとした時
「ナツミさん、ご予約のお客様が来店です」
黒服のコールが来た。
ナツミは、吸いかけの煙草を、急ぎめに三呼吸程吸って、まだ長い煙草を灰皿に押し付けつつ、フリスクを二粒ほど口に放り込み、
「了解しました」
と、立ち上がり、本日与えられた部屋へと上がっていった。
一人残されたミオは、疑問が解決しない物体を見つめながら溜め息をついた。
ミオの来客予定は、もうない。
店自体の受付終了時間まで、あと一時間ちょっとだ。
ぶっちゃけ、フリーが来るなら30分以内でお願いしたい。そこを過ぎたら、もう誰も来るな…が本音だ。
どちらにしても、ナツミに渡された粒が何なのかを問うチャンスは、今日はない。
このまま、ミオが客に着かなければナツミの接客が終わる前にミオは送迎の車で自宅まで送られる。
着いたら着いたで、ミオの接客が終わる前にナツミが別方向の送迎車に乗るか、ミオが着いたのがショートコースで、またナツミと逢えたところで、他のコンパニオンがいる前で持ちかけられる話題ではないのだ。
ここは、とある、ソープランドの集団待機室。大衆店の中では少し上…クラスの店である。
値段の割にはサービスがいい嬢が多いとの評判で、割りと繁盛している。それでいて、バカ安く怪しまれるわけでもない程度の絶妙の値段設定が、新規にも信用されやすい。
嬢の給料も、店側が求める自己投資を、干されたりしない限りはやれる程度にはあり、コンパニオンの歩留まりもまずまずだ。
「まぁ…確かに、行き詰まりは感じてるけどね」
ラクになれる薬…確かに欲しいとは思っていた。
でも、ナツミがどうして…。
ゲッソリと痩せた蒼白い腕を見つめて、ミオは溜め息をついた。
備え付けの鏡に映る顔も、窶れてくすんでいる。
子供を産んだことがない胸だけが、服の上からも脱いでからも、男に吸われようとしているかのように存在感を主張している。
「整形か?」
と、たまに問われる。
シリコンなり整理食塩水バッグなり入れるなら、中途半端なDカップになどしない。
これでも、20代の頃よりは衰えているのだ。
仰向けになっても、立位の姿勢の時と、全く形が変わらないと若き日の恋人から強く揉まれた胸…今は、仰向けになれば、多少は横に流れる…
「…ォさん、ミオさん…ミオさん!!」
ぼんやりと考え事をしていたミオの肩が叩かれた。
「はい!」
「今から45分お願いします」
時刻は、23時45分…
「了解です」
なるはやでスタートさせて、なるはやで終わらせるのが、自分のためでもあり、黒服の助けにもなる。
急いで、ミオは部屋に上がった。