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また1人大好物のコーラ

アディショナルタイムを含めても、残り時間は二分。
点差は1対4。

勝ちは、もう無理だろう。

全国少年少女草サッカー選手権準決勝女子の部。

プロリーグチームのU12が多数参加しているのだ。
元々は、近所の子供たちだけで集めた草サッカーチームが、その中で全国大会に出られただけでも大注目だった。
それが、準決勝まで駒を進めた。

監督は、なんと元WC選手の日向小次郎と、マスコミが嗅ぎ付け、更に注目を浴びた。

数々のJリーグ組織からの誘いを蹴り、小さな蕎麦屋を経営しながら近所の子供たちにサッカーを教えている。
その、近所の子供たちが、Jリーグ組織が指導するU12チーム相手に、ここまで対抗してきたと、注目度は上がる一方だった。

まさか新しいJリーグチームを立ち上げる布石では?」などと邪推するジャーナリストもいる。

無論、それはない。

だが、本気の少年少女がいたならば。
情熱も素質もある少年少女が見つかったならば。
全力でサポートする。
大してお金のかからない、近所のサッカーチームの監督という立場に固執したのもそのためだ。


そして今…例年は県大会出場が目標レベル(それでも、草サッカーチームとしては強い方のチームだ)の日向小次郎が監督をしているチームに、一人の少女が、闘志を失わずにボールを追いかけ、チームの士気を維持させている。


実力差は認めつつ、でも、あと一点取る時間はある」

ポジションは、現役時代の日向と同じFD
チームのエースストライカーだ。

小学校時代の日向程ではないが、父親が勤めていた会社が倒産してから、父親は何とか給料の安い会社に再就職し、母親がバイトし始めたスナックのボーイをする家庭で、お金のかかるU12チームに入りたいなどとは自分から言えない。

注目を浴びる大会でスカウトの目に止まって、両親の負担にならずにサッカーの夢を追いかけたいと言う。


勝ちが決まったも同然で、相手も闘志を失っているだろうとの油断もあった相手チームの、ちょっとした隙を見逃さず、少女は攻めた。
今回、あまり動けなかったチームメイトへのパスをした。
そのアシストに、既に目が死にかけていたチームメイトの目に、再び光が戻り、一点が入った。

2対4

明和少年少女サッカーチームの大健闘であった。

日向の経営する蕎麦屋は、チームの大健闘を讃える雰囲気満載。
少年の部も、その少女が率いる女子の部の雰囲気に引っ張られて練習や試合の士気が上がり、今年は全国大会に出場し、一回戦で勝てたのだ。
日向の蕎麦屋の常連や、チームの父兄たちも大盛り上がりだった。



しかし、少女は、泣いていた。
試合に負ける悔しさは、どんな称賛や慰めも…和らぐことはなかった。

健闘に湧く会場を外に…
蕎麦屋の外にある、喫煙所を兼ねた椅子に座って、悔し涙を流していた。


そんな少女の頬に、ヒヤリとした感触が走る


…コーラの瓶だ。

…マキちゃん…」
日向監督の奥さんだ。
チームメイトからもマキちゃん」と慕われている。
泣きなよ。泣いたら、次の力になるんだよ。…コレは、監督からの受け売り。でも、実際にあたしは力になった。
でも、干からびちゃったら頑張れなくなるでしょ。たまには冷たいコーラでも飲みな!」
ニコッと笑った真紀に、少女は
マキちゃーん!」
ドバッと、涙を倍増させて…慕わしくも妬ましい女性に抱きつこうと手を伸ばした。
しかし

おい、いるか!?」
ハリのある低音に、アラヒィフ女性と小学校六年生の少女は、抱きつきかけた体を慌てて離した。

あたしはコレでね」
マキちゃんは、メイン会場に戻って行った。



日向監督…」
少女は、涙を必死で拭って、小次郎を見上げた。
まぁ…実力差だな。お前も、これ以上を目指したかったら、このままではダメだ」
厳しく、優しい監督が、少女の目を真っ直ぐに捉える。
せめて今日は勝ちたかったよ。監督の誕生日プレゼントにしたかったよ」
尊敬する監督であり、初恋の相手である、自分の父親を越える年齢の日向に…教え子からはいっさいモノを受け取らない監督に…あげられるモノとして、試合の勝利をプレゼントしたかったのだ。

お前に注目したU12チームからのスカウトが来ている。行けよ。
そこで活躍しろ。なでしこで、試合に勝て。
プレゼントはそれからでいい。
お前はまだ、俺に贈り物なんて…10年早い」

グシャッと日向は少女の頭を撫でる。


コーラ、ぬるくならないウチに飲もうぜ」
グラスに、日向がコーラを注ぐ。
コーラなんて子供っぽい。」
少女は、拗ねた顔をした

俺は、コーラが一番の大好物だけどなぁ〜。お前が飲まないなら俺が全部飲むぜ」

…あたしも本当はコーラが好きだし…飲む!」

少女と、小次郎は、コーラで乾杯をした。


一番の大好物がコーラのサッカー選手が、1人また誕生した。


日向小次郎、48歳の誕生日のことだった。

俺の大好物のコーラ

今夜は、ちょっと営業時間が延びそうだから、お前はもう上がんな!コレ、夜食に母ちゃんと食えや!」

8月半ばの土曜日。深夜23時に差し掛かる頃。
洗い物と平行して、最近とみに忙しい、冷蔵庫のビール補充を汗だくになってこなす小次郎に、屋台おでんの大将が声をかけた。

あぁ、もうそんな時間なんですね。今日もありがとうございます!」
本当にありがたいと思っているのだろう。
深々と頭を下げ、渡された包みの中に入れられたおでんに、嬉しそうに手を合わせる。

こちらこそである。
大将は、少し切な気に、そんな小次郎を見つめた。
明日も朝刊配達をするのだろう。
寝る頃には日付が変わっている筈だ。
大変さをおくびにも出さずに、テキパキと働き、こちらの指示にハキハキと返事をする…。
並大抵の小学生にできることではない。

特に、熱帯夜も多くなる今時期は、忙しい日が多くなる。
忙しくても、出せる報酬が増えるわけでもないのに、嫌な顔ひとつせずに、溌剌と働く。

済まないな。このくらいしかできなくて」
思わず、呟いてしまう。

そんな…。大将の店やお客さんからの応援に、俺も助けられてますから!
でも…。みんな飲んでるビールってヤツ。ホント美味そうっすね。
俺が飲めるようになったらご馳走して貰いたいっす!」
客席のカウンターを振り返り、気持ち良さそうにビールを飲み干すほろ酔い客達を眩しげに見ながら、小次郎がクスリと笑う。
ではまた明後日!」

手土産のおでんを抱えて、小次郎が走り去る。
手土産が溢れないように走るのも、鍛練のひとつなんだとか。


ビールな…。俺も小次郎くらいの頃は、大人達が飲む酒に憧れたな。特に夏のビール。実際に美味いもんな」

小次郎の後ろ姿を見送りながら思いを馳せた大将は…
日付を思いだしながら、あることを考えついてニヤッとした。



翌々日、サッカーの練習。夕刊配達、下の兄弟達の夕御飯の支度を整えて、急いでまた小次郎が走ってきた。
そしてまた、仕込みから手伝う。

その日も暑かった。ビールや冷酒が、ポンポンとオーダーされる。

22時に差し掛かる頃。
コーラいっちょう!」
ほろ酔いの常連客が、叫んだ。
コーラ?
珍しいオーダーに、少し戸惑いながらも、小次郎は冷蔵庫の隅にストックしてある、ソフトドリンクのコーナーからコーラを出して大将に渡した。
お前が持って行け」
大将は、小次郎に押し返す。

怪訝に思いながらも、小次郎は、お待たせしました、コーラです!」
元気よくグラスにコーラを注いで、常連客に差し出した。

コレはお前さんにだ!」
常連客は、小次郎にコーラの入ったグラスを渡した。
大将を振り替えると、ニッと笑って頷いた。

誕生日おめでとうさん!ビールってわけにはいかないけどな。冷えたコーラで、クーッと一杯な。俺たちからの誕生日祝いを受け取ってくれ!」

大将も、カウンターの客達も、ニコニコと頷いた。

俺にですか…?」


お前にだよ!」
飲めよ、グーッと行け!!」

掛け声に囲まれて、口をつける。

冷えた、炭酸のピリピリの刺激を喉に感じつつ、爽やかな甘さが広がる味わいは。
この世のどんなものよりも美味く感じられた。

コーラを飲むのが、生まれて初めてなわけではなかった。
しかし、こんな美味いものは生まれて初めてだった。


日向小次郎の、一番の大好物は、それ以来、夏に飲むコーラになった。


小五の誕生日に、地元でご馳走になった時ほど美味しいコーラには、なかなかありつけなかったが。
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