死ぬということ

死ぬということは
どうしてこんなに至難の業なんだろうか?

警察官が来たりとか?

葬式やら火葬やら戒名やら?


少なくとも
戒名ってのは日本人以外なら必要ないもののような気がする


今日も近くの私鉄で鉄道自殺があった

それが
誰かのせいなのか?
病んでいたからなのか?

そんなことは、誰にもわからない気がする
そして
そんな風に簡単ではない気がする


死んだ本人にしかわからないことだと思う

TaKaRa焼酎ハイボール、見っけ

ここ数日私の居住エリアでは
売場から撤去されていて

他の缶チューハイを買ってみたりしたけど

やっぱり
キミが、一番大好きだ

だからもう
姿を消したりしないでほしい

大好きだよ

こんな言葉
誰にも言ったこと無いんだから(笑)

心が磨り減ること

以前何かで読んだことがある

世の中の人々は皆、(あなたが思うより)いい加減である


だから、じぶんを律して追い込む必要など何処にも無い、と


今日それを痛感する出来事があった


私は大した人間ではないけども
少なくとも、他人の気持ちを想像することはできると思っている


たぶん
私に人を見る目がなかったんだろう

だから
いろいろなことを間違って選択してしまったんだろう

人生に取り返しのつかないことはあると思う
それは決して逃げの考え方ではなく


それに気付いた時
人は人生をはやく終わらせたいと願うのだろう
一日もはやく…

それは、逃げなのかもしれないけど

母親と娘

父親が死んでから
ずっと会っていない母親がいる
話したこともない

十年が経つ


コロナワクチン接種のニュースを見るたびに
オンライン予約ができないと嘆く老人を見るたびに


なんとなく思い出したりするけど

特に何をするわけでもないし
特に連絡があるわけでもない


私と母親の間には

想像を絶するほどの果てしない距離があり
わかりあえない溝がある


親だからといって
無償の愛情を持っていることはないし

娘だからといって
親孝行の感情もない


薄情
たぶん、そうなんだろう





デス

死にたいってよく思うんですよ

聞いた人がどう思うかってのは置いといてね
実際、どうでもいいことだからね


現実に死体見る人なんて限られることだからね〜
別に何言ってもいいよね


死ぬことですらいろいろと大変だ
天国やら地獄なんてあるかすらわからないのに


それでも死ぬ気なら何も恐くない?
そうだね
恐くないかもね

どうでもいいよね
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