※BL
※恋するバカと地味系優等生
俺の隣を歩く仁志をチラッと見てみる。
この同級生は平日は学校紹介パンフに載っている空想上の理想的生徒みたいにキッチリ規則通りに制服を着こなして、土曜日の今日でさえ私服なのにそこはかとなく真面目さが伝わってくる見た目をしている。
真面目ってゆーか、なんていうか。
親なら、自分の子どもがこんなにカタく育ったら嬉しいんだろうな、とは思う。だっていかにも将来は安全だ。遊び半分で大麻とか吸わないだろうし高校を中退してホストとか風俗のキャッチとかしなさそうだし警察に補導されたことすらなさそうだし。
親を泣かせたことなんてなさそうだ。
親に泣かされたことくらいはあるかもしれないが。
理想の息子。
でも俺は仁志の親ではなく彼氏である。
仁志と知り合う前の俺だったら、こんな男と二人きりで放課後を過ごすなんて考えもしなかった。
だってすげーつまんなそう。
ノリ悪そう。
仁志だって俺のことほんとは嫌いだと思う。前にそんなことを言われたし、俺みたいな軽薄そうなやつは嫌いとかなんとか。それに仁志はときどき『けーべつ』の目線を俺に寄越す。
実際、仁志はおカタい。
校則とか全然破んない。
見た目を裏切らない真面目っぷりだ。
でも仁志に告白されて、俺も好きとか言っちゃって、付き合うことになって、初めてのデートで喧嘩して、仲直りして、そしてなんだかんだで俺達はまだ付き合っている。
『俺の見た目が悪いのが、嫌か?』
初めてのデートで仁志が言った。俺はもちろん、そんなのどうでもいいって答えた、と思う。
何しろ、俺は仁志にべた惚れなのだ。
俺は女を選ぶときには本能に従うことにしている。会って話して触れ合って、イイとかワルいとか本能が感じることに従う。
仁志は俺の本能にバッチリ引っかかった。
仁志のド天然で超平和な中身を気に入っちゃった俺としては、見た目なんてどうでもいいってデカい声で主張したい。でもこうして街をぶらぶらしてっとね、ちょっと、周りの目も気になる年頃なの。ちょっとだけ、もうちょっとだけ、いい感じの服を着て欲しいっていうのは我が儘なのか?
あーでもなあー。
女に好みの服とか音楽とか押し付けられるのを嫌がるやつってけっこういるし。俺はそういうの大丈夫だけど。俺のやろうとしていることはそういう個人の押し付けと同じだ。
もし仁志にめんどくさい男だと思われて、うっとうしがられたら切ない。
俺はもう一度仁志をチラッと見た。
「どうした?」
仁志はクールに聞いてきた。
たとえば仁志が髪型を気にしてチャラチャラして女ナンパして酒飲んで「ダルーい」とか言ったとしたらどうだろう。ビックリだ。たぶん俺の本能は仁志から離れる。
「ねぇ、俺んち来る?」
俺が甘えるように言うと仁志は少し迷ってから「いいよ」と答えた。
仁志が駅でなんか買い物をする間、俺は街を歩く人を眺めていた。そして考えていた。俺と仁志はずっと同じ学校にいたはずなのになんで今になって出会ったのかとか、もっと早ければ付き合った女の数は10分の1で済んだんじゃないかとか、仁志が好きだと思う女ってどんなのだろうかとか。
若者の悩みは尽きない。
俺はけっきょく、仁志の一番である自信がないんだ。
顔を上げると仁志がいた。
「悪い、待たせて」
「べつに」
なんかふてくされた女みたいなことを言ってしまって俺はちょっと落ち込んだ。
でもいいんだ。
なんせ今日はうち、誰もいないんだから。
実は少ない脳みそで朝からたくらんでいた。家で仁志と二人きり、ちょっとエッチな雰囲気作りをしたいなと。二人の関係を一歩でも二歩でも進めて絆を深めたい。
仁志がうちに来るのは初めてではない。学校帰りにちょいちょい来たりしている。だから二人きりっていうのもこれが初めてではもちろんない。
でも俺の気持ちは全然違った。
今日は気合いがすごい。
俺は決勝戦前のスポーツ選手並みの気合いと闘志を心に秘めて、仁志を家の中にエスコートした。
「なんだ、お前か」
ビックリした。そこには、兄貴がいた。
なぜだ。
「お邪魔します。僕は野口くんと同じ学校に通っている、仁志肇と申します」
すかさず挨拶した仁志はさすがだった。このカタさ、今までうちに連れて来たことのないこのカタさ、兄貴はそれを感動の目で見つめた。
「仁志くん? はじめまして。遼太郎と友達なの? こんな素敵な友達いたっけ?」
最後は俺を見て聞いた。
『素敵な友達』
兄貴はガチでこの言葉を使った。普段の俺ならそれをぷっと笑っただろうけど、今日は違った。
俺の連れて来たやつらはこれまでだれ一人として家族に歓迎されたことがない。類は友を呼ぶらしく俺にそっくりで礼儀知らずでバカばっかりだったから。でも仁志は兄貴に笑顔で挨拶を返された。
兄貴が笑ってる。
仁志も笑ってる。
ビックリだ。
正直なところ、俺は家族との仲が微妙に険悪である。俺がバカだから。でも連れて来る友達まで嫌われるのは、それだけ俺が嫌われてるからだと思ってた。俺が嫌われてる分の余りがあいつらにもいってるんだって。
でも兄貴はいま笑ってる。
「いえ、素敵じゃないですよ。悪い人間です。すみません、最近仲良くさせていただいています」
仁志は遠慮してそう言ったけど、俺はそんな返事のひとつにも感動した。たぶん兄貴も感動してる。こんなカタくて、最高にイイ、『素敵な友達』が俺にいるなんて。
兄貴はにこにこ笑って自己紹介した。
「俺はこいつの兄の、章人です。こいつの友達じゃ迷惑かけてるでしょう。ごめんね」
「そんなことありません。僕から遼太郎くんに近付いたんです」
「そうなの?」
「はい」
ビックリした。
けっこう危ういことをさらりと言った、と思う。
なんか仁志って俺たちが付き合ってることもこんな風にさらっと言ってしまいそうだ。そうしたらどうなるんだろう。仁志はそういうこと考えないのかな。俺もそういうことは気にしない方だけど家族だけは別だ。
俺は仁志をチラッと見てみた。
仁志は見たことないような爽やかな笑顔を浮かべている。
初めて見る。こんな顔もできるんだな、と驚く俺。地味な見た目が華やかになってけっこうかわいい。こんな風にふわっと笑う仁志のことなら蛍路たちも気に入るかも。
それに加えて俺は仁志の言った『遼太郎くん』という言葉の響きにドキドキしていた。名前を呼ばれたのは初めてだった。
絆を深める計画は案外うまくいってるんじゃねーの?
「玄関先でごめんね。ま、あがって」
「あの、これ、詰まらないものですが」
あ、それは。
家の中へ案内されて仁志が差し出したのは、菓子箱だった。駅で仁志が買ってたやつ。兄貴がいると知ってた訳じゃないだろうけど用意がよすぎてちょっとこわい。絶対そんなはずないのに仁志ってこういうの慣れてんのかなとか思っちゃう。
つまり、恋人の家族に挨拶するということに。
「君って…」
兄貴は目を丸くして何か言いかけたけど口にはしなかった。
それから兄貴は仁志とおまけの俺をリビングに案内してコーヒーなんか淹れ始めた。二人きりの予定がとんだ誤算だ。
ちなみに兄貴が俺にコーヒーを淹れるなんてことは、もちろん普段ではあり得ない。
始めこそ俺の連れて来た仁志が家族に受け入れられていることが嬉しかった俺だけど、兄貴はすっかり仁志を気に入ってしまったし仁志も外交モードなのか愛想よく相手したりして面白くない。
エッチな雰囲気にはなりそうにない。
「仁志、もう部屋行かない?」
二人が盛り上がってる会話のちょっとした隙間を狙って、でも兄貴に言えずに俺は仁志にそう言った。
「なんで? 肇くんを独り占めしたいの?」
せっかく仁志に言ったのに。なんでか返事は兄貴がした。仁志も俺の肩をもってくれるつもりはないらしく兄貴のわざとらしい言い方にただくすっと笑った。
昔から俺が欲しいと思っても手に入れられなかったズルさ。兄貴は何かたくらんでるのかもしれない。
俺は兄貴には勝てない。
兄貴ってストレートだよな?
最近まともに話してないしよくわかんねーや。
「仁志は俺のダチなんだから兄貴遠慮しろよ。独り占めしたいっつったらどうなの? 悪いこと?」
こんなのつまんねー。
なんで好きなやつを家に連れてきてこんな嫌な気分になんなきゃいけないの?
「お前、気持ち悪いな」
兄貴がつぶやいた。
「すみません、遼太郎くんとは以前から約束していたんです。いま僕の方が約束を破っているんです。ごめん、遼太郎。部屋にお邪魔してもいい?」
ビックリなんだけど仁志はカッコいい。見た目からは想像できない。仁志は俺が泣きそうになることを平気な顔して言う。それがほんとにカッコいい。
なんなの?
慣れてんの?
「そうだったんだ。俺こそ引きとめて悪かったね」
兄貴はにっこり笑った。
そしてつけ加えた。
「連絡先交換しない? あとでこいつから聞いていい?」
「はい」
仁志の返答はすぐだった。なんでだよ。兄貴と二人で何話すの? せめて俺をとおして連絡とれよ。なんでだよ。兄貴もなんでだよ。くそー、なんかすげームカつく。
俺は仁志と部屋に引っ込んでからもふてくされてた。たぶん駅でほっとかれたときよりずっと機嫌がわるい。
「仁志ってさー」
「なんだ」
「俺の名前知ってたんだな」
「ああ。知ってた」
しかも笑わないし。
「兄貴と気が合った?」
「は?」
「楽しそうだったし。引き離してわるかったな」
「何言ってるんだ。俺はお前と過ごすためにここに来たんだ。ご家族には挨拶したいと思っていたから、丁度良かった。挨拶しちゃいけなかったのか?」
カタい。
ガチガチだ。
「結婚でもするみたいだな」
俺は半笑いで言った。すげー態度わるいと思うけど顔と口が勝手にやったことだから謝らねー。笑顔のやつにも態度がわるいって言葉を使っていいなら仁志だって十分態度がわるかった。だって俺はこんなに傷付いた。
仁志が何も言わないので俺は仁志をチラッと見た。
仁志は真顔だった。
なんだよくそー。歩み寄る気はないのかよ?
俺は仁志を半分睨みながら聞くことにした。
「いっこ聞いていい?」
「なんだ」
「仁志って彼女の家に挨拶とかけっこうするほう?」
「俺で何人目?」とまでは聞けなかった。
仁志は視線を下げて少し考えた。
「質問の意味がわからないから答えられない」
「は!?」
「俺からもひとつ、聞きたいことがある」
「お前が答えないなら俺も答えねー!」
「それが答えだと言うならそれでかまわない」
俺は答えてやる気なんてちっともなかった。たとえ10億円欲しいかって聞かれても、意味がわかんねーってつっぱねるつもりだった。
俺は闘志を燃やして仁志を睨んだ。
この闘志、ほんとは仁志とエッチなことをしたいとたくらんだときの使い回しだけど、いやだからこそエネルギー源は豊富にある。ちょっとのことじゃビクともしないはずだ。
仁志は俺を見た。真っ直ぐな目で。
あ。この目、あの時と一緒だ。
俺は仁志に告白した時のことを思い出した。好きなひとに好きと言ったら『俺も』って言い返してもらえる幸せを。仁志はいつでも真面目だし俺を裏切ることは絶対ないと信じられる信頼できる目をしてる。
くそー、決意が鈍る。
早く言えよ。
俺の思いが通じたわけはないけど仁志は口を開いた。
「俺のことを名前で呼ぶのは嫌なのか?」
「んなわけねーだろ!」
むしろ呼びたい。
今日初めて『遼太郎』って呼ばれたらそれがすげー心地よくて、俺も仁志をそんな気持ちにさせたくて『肇』って呼びたいってずっと思ってた。いつどんなタイミングで呼ぶか、仁志は驚いてくれるか、喜んでくれるか、そんなことが頭をぐるぐる巡ってた。
「肇……」
俺はそう言ってたぶんだけど顔を真っ赤にして仁志を見返した。
そして気付いてしまった。
俺の決意は、なんてもろいんだ。これじゃバカ過ぎて兄貴に嫌われるのもわかる。わかりたくないけどわかってしまう。自分で自分にビックリだ。
仁志も驚いた顔をしてた。
口を開けてぼーっとしてる。
俺は仁志の質問になんか『答えねー』ってすげーはっきり言ったのに、それ以上にすげー前のめりで答えてしまった。ほんとバカ。
これって、あれだ。
俺だって知ってる。
あきれてビックリ、口を閉じるのも忘れるくらいのやつ。
曰く、“開いた口も塞がれぬ”。