布団に包まる君はベッドで白い脚を覗かせていた。そっと抜け出た僕がそのまま何処かへ出掛けたって気付かないんだろう。
思い出すのは、あの瞬間のこと。
昨日君が自分からスカートのファスナーを下ろした時、僕の中で何かが弾けた。奇妙な姿の道化師がパチンと指を鳴らすとそれで世界の仕組みが一変したんだ。
その後のことはあんまり覚えてない。
君のお父さんは、君が僕と夜を過ごしたことを知らないし、僕は、君が僕以外の男を知っているとは考えもしなかった。ウルトラマンの背中にはファスナーがあるんだって知った時みたいに、なんだか僕は泣きたくなった。
泣きたくなって、でも僕の手は君の滑らかな肌を撫でていた。
夜が明けて気付いたんだ。
僕はちゃんと知っていたよ。どんな風に見えても君だって14歳の少女のままじゃないよね。
結局僕だって他の男と同じだ。
君を触って、愛してしまう。
大切にしなきゃならないものがこの世にはいっぱいあると言うけれど、それは僕にとって君じゃないことに気付いてしまった。
帰り際リビングで僕が君のスカートのファスナーを上げてやった。優しい積もりの僕のお座なりな行為は精彩を欠いて、君はそれをすっかり承知していたから感謝も告げなかったね。
ファスナーの中がただの人間だってことは僕も分かっていたんだけど、そのファスナーを僕が上げてやるのはなんだか詰まらない種明かしを見せられているように虚しかった。
でも、誰にでもファスナーはある。
ウルトラマンにもファスナーがあるんだ。
そして、僕にも。
飲み会で女に言い寄られて僕の欲望は彼女をターゲットにした。このまま抜け出て遊ぶのも良いなって思ったのに、僕は君のことを思い出して、少し萎えてしまった。
君のファスナーを思い出してみる。君のファスナーは、決して下品じゃなかったなと思った。ファスナーがあるって分かっても僕はウルトラマンが好きだったのを思い出したよ。
僕は一人で帰った。
総てのことにファスナーがあるんだろう。知ってしまえば泣きたくなるような、そして酷く空虚になるような、そんなファスナーがあるんだろう。
きっとウルトラマンだけじゃない。
ウルトラマンのファスナーに子供の頃の僕は泣きたくなったけど、ファスナーは僕を傷付ける為にある訳ではなかった。ファンタジックなファスナー達を信じてみる値打ちはあると思えるんだ。
ウルトラマンにはファスナーがあって。
仮面ライダーにもファスナーがあって。
僕にもあって。
そして、君の背中にも。
奇妙な道化師が手招きして僕を誘うから気付かなかっただけで、見えないところには山程のファスナーがあるのかもしれない。
僕のファスナーを開ければ本当の僕が居るんだ。そいつは本当の顔を隠してヒーローで在ろうと頑張っている。何処か心の奥の深くて暗い場所で、見えない敵と戦っている。
或いは目を腫らして泣きじゃくっているのかもしれないね。
飲み会の女だってそうだ。
君のファスナーはスカートだけじゃなく、多分背中にも有るんじゃないかな。それを僕には否定できない。君自身にも剥がし取る術はないだろう。
そしてその必要もない。
君が下ろしたスカートのファスナーを記憶の中に焼き付けて、僕は胸のファスナーに触れてみる。
ウルトラマンのそれのように、見なかったことにするよ。
だってそれはなくてはならないものだろう。
だから僕は胸のファスナーを上げた。
惜しみない敬意と、愛を込めてファスナーを……。