ある冒険者のひとりごと……19 マイホーム その4〜悔いと祈りと許しを〜

……悔いと祈りと許しを……




ワタシ達 冒険者とは 魔物と戦い いずれ魔王を倒す……
それは 正しいのか?


無論魔物は倒し続けなければならない
不死のうえ繁殖し数が増えるからだ……
たとえそれが一時しのぎ
だとしても……


………しかし………

ワタシは 考え続けた……


その事について深く考えさせられたのは
リンゴ収穫祭の時だった……


魔物の魔力の源であり生きるために必要なリンゴ……
それを ワタシ達冒険者は強奪した……
報酬目的のため……

リンゴを守る魔物の長(おさ)は懇願(こんがん)した…我らの命の源をこれ以上奪わないでくれ…と



その願いは聞きとげられることなく リンゴは奪い尽くされた……
冒険者の欲望のままに……


ワタシは祭りの終わりと共に 自分が何をしていたか気付き ひどく後悔した……


……ワタシは……司祭……だった…それ…なのに…相手が……魔物…だから……倒し…続け…た………?
…その…魔物に……
マーロ…共和国で……助けられた…のに…?

………ワタシは………


愚(おろ)かだっ!………



いいようのない悔いが杭(クイ)となって
ココロに深く深く 刺さった……

この痛みは消えることは無いだろう……






ある時 ワタシは ボンドメンバーの自宅を訪れる機会を得た……

自宅の改築(ハウジング)も一段落ついた頃だった…



そのメンバーの自宅は部屋数も多く それぞれ趣向を凝(こ)らしたモノだった…
その中の1つに気になる場所があった……

そこは墓所だと説明を受けた…

かつての友(メンバー)をしのぶ場だと……

其所(そこ)には立派なオブジェが並んでいた……



そうか……そうすれば……いいのか……

ワタシのココロに一筋の光が みえた……



ボンメンに自宅に招待してくれた礼を述(の)べた後


ワタシは増設(ハウジング)に取りかかった………



ヒトは愚かだと笑うだろう……
魔物の為の墓所を造る(ハウジング)など……


ワタシの自己満足の産物でもいい……
ワタシのココロがやすらぐのなら………

魔物の為に ワタシは墓所(ココ)で 祈りを捧げ続けるだろう……


……許しを乞うワタシを
ワタシが許すまで……




ある冒険者のひとりごと……19 マイホーム その4〜悔いと祈りと許しを〜 〜終わり〜
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ある冒険者のひとりごと……19 マイホーム その3〜建材を求めて〜

ワタシ達は マーロ共和国で自分達の家を改築(ハウジング)していた………




「大変です ご主人様!!
建材が 足りません!」



ワタシの家を管理する 元シュリンガー公国メイド

…細い目に大きな縁(ふち)なしメガネが良く似合う…

が声をかけてきた……

相変わらず服は公国メイド隊のままである……



「…!?
倉庫に入っていた建材の備蓄が……
底を…ついた……?」


ワタシはメイドに聞き返す……



「はい…ご主人様
この建物の大きさでは
手持ちの建材や家具では とても足りません……」



「……そうか

……少し…困ったな……」

建築(ハウジング)の方(ほう)に注視してこなかったツケが こんなところで
まわってきたのだ……



「もともと 手持ちは少なかったよ……

……どうする?

石造りのブロック
錬金合成する?……」


パートナーが提案する……


「合成するにも素材の 石のブロックがないけど……」


石造りのブロックは石のブロック5個 鉄鉱石1個から20個 合成する事が出来る……


石のブロックは迷宮の奥から採掘しなければならない……



「……どう…する?

………………

無い袖(そで)は振れない……か」


ワタシは考えこむ……



「ご主人様……いちど街に出られてみては いかがでしょうか?」



「…なぜ…街に?」


メイドの提案にワタシは首をひねる……


「そうだよ……採掘に いかなきゃ……」


パートナーは試作ピッケルを取り出し点検を始める
採掘に必要なものだからだ……



「ご主人様 寝室の方(ほう)は 完成の目処(めど)が たちました……

気分転換にアブル連邦城塞都市に行かれては どうでしょう……
何か良いアイデアが浮かぶかもしれません……」



「そう……だな
ここのところ 篭(こも)りっぱなしだったな……

すこし 出かけて来るか……」



「そういえば そうだったね
連邦まで行くなら 途中で採取もして行こうよ」



「それならば アロエベラをお願いします お茶もきれそうですので」


アロエベラは 錬金合成で紅茶に出来る…
建材の土のブロックと組み合わせれば草のブロックにも合成出来るのだ……



「……わかった 採取も兼(か)ねて連邦へ行こう…」



「うん 行こう!!」



「行ってらしゃいませ
ご主人様……

家の安全は 私がお守りします」



ワタシ達はメイドに見送られ アブル連邦 城塞都市を目指す……


もちろん その道すがら
採取も忘れない……



城塞都市に入城すると
人で賑わっていた……
ちょうどバザーが開かれていたのだ……
ここでしか手に入らないモノを求めようと 近郊から様々(さまざま)な人々が集まって来ている……
そのバザーの店先で 品定めをしている人物がいた……
人混みに押され ワタシ達はその人物の横に流れついていた………




どうやら家具の品定め中にワタシ達はその人物と ぶつかったらしい……

ワタシが ぶつかった非礼を述べると
その人物も詫(わ)びを述べて来て ワタシ達は お互いの事を語り合った……



その人物…(彼)はコチラとは違う世界より持ち主の望みを かなえる魔法の青い鏡によりコチラの世界に(空間跳躍)とばされたという……
パートナーは半信半疑だが納得したようだ……
ワタシはじゅうぶん有り得る事を知っている……

…数ヵ月……前にも似た事があったからだ……
この時の事をパートナーは覚えていない……

一緒に行動していたにも関(かか)わらず……

ただ その時手に入れたレシピが残るだけ……

パートナーが管理するアルバムにも記載が無いのだ…

おそらく 今回の件も パートナーは忘れアルバムからも抹消されるだろう……





ワタシ達は 彼から家具調達の依頼を受けた……

ワタシ達にとっては
素材さえあれば錬金合成出来るモノばかりだが……
彼にとっては 大変珍しいモノらしい……


ちょうど市場のバザーが開かれ それらの家具は
特売券と交換で手に入れることができた……



錬金合成するより特売券と交換するほうが早い……


そのためワタシ達は特売券を手に入れる為“広がる平野”に
下った……
そこは 特売券 交換会場にもなっていたからだ……

魔物を倒すと 報酬として 特売券がもらえる……
これはアブル連邦が主宰する祭り(イベント)らしく
警備と受け付けには 連邦兵士や騎士がいた……
イベントと称して魔物の大規模討伐が真の狙いだと後(のち)にわかったのだが……




冒険者として依頼も受けているワタシ達は 魔物討伐 に向かった……



ほどなく 特売券は集(あつま)り

異世界からの 彼 の依頼も達成する事が出来た……



彼の 異世界の家具を手に入れたい という望みは 叶(かな)い
彼は自分の世界へ
手に入れた家具と共に
帰って行った………



彼の依頼の報酬の1つに
彼の家の設計図があった……



建材 家具 が揃(そろ)えば彼の家と同じような建物 家具配置が出来るらしい……



祭り(イベント)は まだ終わっていない……

ワタシ達は 建材 家具 を手に入れるべく
特売券集めを続けた……


特売券を集めると ハウジングくじ が出来る これにより 建材と家具不足の問題が一気に解消したのだ…


ワタシ達は イベントが終わるまで 魔物討伐を続けるだろう……




メイドの

「ご主人様のお家が より良きものに なりますように……」


という望みをかなえるためにも………



ある冒険者のひとりごと……19 マイホーム その3〜建材を求めて〜 〜終わり〜

ある冒険者のひとりごと……19 マイホーム その2

ワタシ達は 朽ちた建物の敷地内に入った……



「……庭が 広いね……
それに 見て!リンゴが実(みの)ってる」


建物の周りをグルリと回る……
あちこちに石造りのブロックが転がるなか
庭の四隅にリンゴの大木を見つけ パートナーが はしゃいだ………



「以前のかたが 植えられたのでしょうか?
立派なリンゴの木ですね…」



「手入れをする者も いないだろうに……
実を付けるんだな……」



ワタシ達は感じたことを述べ合う……


次にワタシ達は 建物の中を確認する


といっても 壁が崩れ落ちているので 外も中もないのだが………


出入り口は東西南北四方にあり 南北よりも東西に長い造りの長方形建築だった………


建物の敷地内には 北西と北東に石造りブロックを積んだ小部屋?があった
北東の部屋は まだ四隅の壁が残っていた
見上げると 土に覆(おお)われた天井が見える……
外から見れば おそらく草が繁(しげ)っていることだろう……



「ここは 何の部屋かな〜」

パートナーは興味津々(きょうみしんしん)だ……



「床まで石造りのブロックで覆われているな……」



ワタシにも皆目(かいもく)見当(けんとう)が つかない……


「どう見る……?」


ワタシはメイドに訊(たず)ねる…



「……そう……ですね」

床の中心に香(こう)を置いて……

そのまわりで瞑想(めいそう)でも されていたのでは ないでしょうか……」



「…なるほど 立つと外が見えるが 座ると見えない…
座って使う部屋というわけか……」



「きっと 水浴びに使ったんだよ…」



「……沐浴(もくよく)場か……」



パートナーの発言に ワタシは答えた



「いずれに しましても
この部屋を設置し 実際にどう使われたのかは
私たちには はかりかねます……」


「…そうだな どう使うかは家主(あるじ)次第……ということか……」



「そうでございますね……使われる側も素敵なご主人様にめぐりあいたいと思うものです…」





……そして北西の区画には石造りのブロックを積んだ4本の柱とその頂上に天井?床?
の枠組みだけが残っていた………



「……ふぅーむ」


ワタシはその区画を見て考えこむ…



「どうなされました?
ご主人様……」


メイドがワタシの顔を覗(のぞ)きこむ……



「あの上に……寝室を作りたい……」



「えっ?
むりだよぅ…」


パートナーは驚く……




「あの上に……ですか?」


メイドも驚いたようだ……


「……出来ないのか?」



「……いえ……建材と家具が あれば……出来ると思います……」



「…建材も家具も倉庫に あったはず……造(や)ろう……」



「えっ…ちょっと ココに決めるの?!」



パートナーが慌(あわ)てた……



「…?……
無論(むろん) そのつもりだが?」



「ココに決めるって 聞いてないよぉ〜〜」



「初めて 見たときから…
ワタシの考えていた事と
条件が 合うんだ……」



「その……条件って?」



「…ワタシは これでもボンドマスターをしている……」



「うん 知ってるよ……
それらしい ことは何もしてないけど……」



「そうなんですね…
ご主人様……」



「………ワタシは ボンドメンバーが集まれる 広い場所が欲しいと思っていた……」



「それで 何にもない この家?
……を?」



「……あぁ
ここを改築してボンドの集会所に 出来ないか?
……と考えた」



「それじゃあ わたし達の住む場所は?」



「……さっき寝室に出来ないかと考えた場所で十分(じゅうぶん)だが?」



「えぇ〜!? それじゃあ寝るだけじゃない!!

こんなに広いのに……」



「?……宿屋と同じだが…
いや 宿代が無いから 同じじゃないか……」



「違うよ ぜんぜん違う……
家というのは こう……
うまく言えないけど
特別な場所なんだよ…」



「?……ワタシ達は冒険者だ 冒険をして 宿で食事と睡眠を取って また冒険に旅立つ……
本当に家は必要なのだろうか?」



「……必要だよ!

家っていうのは こう……
なんて 言っていいか…大事な……場所?」



お互いに自分の意見を通そうと加熱しはじめていた……



「差し出がましいようですが……
まず ご主人様の思う通りにハウジングされてみては いかがでしょう……
その後(のち) パートナー様の意見を取り入れてみては?……」



ワタシ達の意見の食い違いに メイドが話の折り合いの案を提案してきた……



……!!



「いや……すまない
つい我(が)を通そうとしてしまった……」



「うぅうん……
わたしも じぶんの考えを おしつけて……

わたし達は お互いパートナー……
そこに上下はないよ……」



お互いに気まずくなる前にメイドに助けてもらった……

彼女が いてくれて よかった……




ワタシ達は3人で協力してこの建物の改築(ハウジング)に取りかかった………

ある冒険者のひとりごと……19 マイホーム…その1

ワタシ達はマーロ共和国にマイホームを持つことを
国王より許された……


そのため 共和国の中で
我が家となる物件を探す事にした……



ちょうど その時 共和国のメイド募集を聞きつけ
シュリンガー公国より
公国メイド隊の1人
オカッパの青黒色の髪を頭頂で纏(まと)め 糸目にメガネをかけた者が 我が家の管理の仕事に 就きたいと公国メイドを辞めて来ていた…


公国は今 先の連邦との戦により大公は行方知らず……その不在を お側付きのメイド隊の長(おさ)が執務を代行している………
とても人員が余っているとは思えないが……


………………



公国メイド隊とは何度か会っているし 人柄も信用している……
お互いに助け 助けられた仲でもある………



…………………




彼女が 長(おさ)からの密命を受けていても仕方ない……

たとえ それがワタシの監視だとしても………


彼女に家の管理を任せることにワタシは異存はなかった………



「どうしました?
ご主人様……」

ニッコリと微笑む彼女……



「……いや 何でもない……」


ちょっと〜大丈夫なの?彼女……

ワタシのパートナーが声をひそめて 話しかけてくる

ワタシ達は家に関しては素人……
詳しい者に任せた方がいい……
彼女とは知らぬ仲ではない……


……まぁ きみがそう言うなら……
………


パートナーは納得しかねるようだった……



「……では 物件を案内してもらおうか……」


「かしこまりました
ご主人様……

では ご案内します……」




ワタシ達はメイドに連れられてマーロ共和国で我が家となる物件を探してまわった……



…………しかし なかなか 物件は見つからなかった



「ねぇ いい加減 どれかに決めようよ」


とうとう パートナーがしびれをきらした…


「……しかし………
何かピンと こないんだ…」

家の管理担当を申し出た
メイドの紹介する家は どれも素晴らしいモノだった……

しかし ワタシには何か しっくりこない……
……うまく言えないが

………


そんな中 町外れまで来ると 石造りのブロックを積み上げて作った 崩れかけの建物が目についた……



…………


長い間放置されていたのだろう 屋根もすっかり落ちて壁も所々(ところどころ)崩れ 石造りのブロックが 庭に散らばっている……




……………



「………この建物は?」



何かワタシは気になり
メイドに訊ねる……


彼女は少し考え


「……そう……
…ですね…………
かなり昔に建てられた集会所?ではないでしょうか?
昔は人々で賑(にぎ)わっていたのでしょう……

……朽ちた今でも 人々の帰りを待っているのかもしれません……」


黒い柵で囲まれた その建物 元はかなり大きかったようだった………



「……中を 見てもいいだろうか?」



「えっ?
中に入るの?」


パートナーが驚く 見た限り とても人が住めるとは 思えないほどの荒れ果てた建物だったからだ……


「ブロックが落ちてきたら あぶないよ〜〜

……ここは やめよう……
……ねっ?」


「…ここからでは 建物の全体が見えない……
やはり敷地内に 入ろう…」


「……ねぇ
メイドさん 止めてよ〜」


パートナーはメイドに すがり付いた……



「中に入られますか?
ご主人様……」



「……あぁ 是非とも中を見たい
……それに もしもの時は
守ってくれるのだろう?」


「もちろんでございます
ご主人様を お守りするのも メイドの務め……
ご安心ください」


彼女はカバンから杖を取り出すと背中に背負う……


パートナーはあきらめたのか 無言でため息をついている…



「ふふ…頼もしいな
やはり 公国メイド隊は
戦闘も出来るという噂は 本当だったのだな……」



「はい ときおり 戦闘訓練のため時渡りの搭にこもることが ございます……
冒険者たる ご主人様には とても敵(かな)いませんが……」



「からかわないでくれ
……ワタシは冒険者としては弱い部類だ……
掲示板の冒険者順位でも ランク外だ……

今のワタシ達では 君(きみ)1人にも 敗北するだろう……」


「………これは失礼しました 気分を害されたのであれば お詫びします」


彼女は頭をさげる



「いや 頭をあげてくれ……別に不快に思ったわけじゃない……」


「そうそう あぁいう 言いかたしかできないから
メイドさん 気にしないで…」


パートナーが助け船を出してくれる……


「…そう……でございますか……
念のため スキル“ウォール”をかけておきます
失礼を お許しください」


スキル“ウォール”……
一定時間 範囲内全員の防御力の上昇
ダメージを受けていたら わずかながら体力回復も出来る 無くてはならないスキル……




こうしてワタシ達は 朽ちた建物の建つ 敷地に侵入した……………

見習い執事とお嬢様…2

………

見習い執事セバスが アブル連邦に住む お嬢様と暮らしはじめてしばらくした頃
連邦執事協会から連絡がはいります……




“……今日 富通る海門 にて 執事喫茶 が開催される……その会に参加し 学んでくるように……”



協会専用チャットを通しての連絡事項でした…



「……執事喫茶ですか……

お屋敷付き執事に成れなかった者が集まり 女性をもてなす場所?……と聞き及(およ)んでいますが……

…………


……協会からの指令では仕方ないですね……

行くとしますか……」



ちょうど お嬢様は一人で出かけていました……

お嬢様の両親の方に出かける旨(むね)を告げ
“富通る海門”を目指します……

広がる平野を抜け3国国境を通った先にある高い門に守られた港町……

立派な教会が町の中心に建ち 手入れの行き届いた裏庭……海の見える結婚式場として有名な町………


しかし普段は訪れる者もなく 静かに波が港の護岸を洗い……
南国の明るい太陽が町を暖(あたた)かく包みこみ
気だるさと眠気が誘います……



そんな昼下がり………



海に面した教会前の石畳(いしだたみ)広場……
左右にある階段を登り
見習い執事が 執事喫茶の開催される会場に たどり着くと まだ開店前なのに すでに数人の女性客がいました……


石畳広場からさらに階段を登ると………
この町の教会があり
その階段の左右に執事達が静かに立ち
並んでいます………

左胸にはピンク色のバラのコサージュが誇らしげに
咲いていました……



(……少し 早かったようですね……

まぁいいでしょう……邪魔にならないよう 隅(すみ)で見学させてもらいましょう……)


見習い執事は 広場のすみへ移動します…

時おり海から吹く風が
褐色の肌にかかる
濃い緑色の髪をやさしく
なびかせます……


しばらく佇(たたず)んでいると
訪れる女性が増えはじめました……



「おかえりなさいませ…」


「おかえりなさいませ お嬢様……」


執事達が一斉(いっせい)に声をかけます……




「皆さま ようこそ 執事喫茶へ…」


「どうぞ お好きな執事のもとへ……


我ら一同 精一杯 おもてなしさせていただきます……」



「どうぞ 遠慮なさらずに……」


「胸のピンクの花が目印でございます……」


執事が声をかけます……

その開店の声を合図に 訪れた女性達は
お目当ての執事のもとへ 駆け寄ります……


会場の あちらこちらから
甘いささやきが聞こえて来ます………


「会いたかったわ〜」

「私もでございます
お嬢様……」


「ねぇ……
二人っきりに なりたいわ……」


「……では コチラへ……」


二人は連れだって 教会の裏庭の方へ 消えて行きました……

あとを追わないほうが いいでしょう……




「…あ あの……」


「はい…
どうなされました?
お嬢様……」


「お写真……
いいですか!」


「はい…
お嬢様………
どのようなポーズでも
お命じ下さい

私は 貴女(あなた)の忠実なる執事に ございます…」

(≧▽≦)




(……なるほど…
これが 執事喫茶という
モノですか……)

見習い執事は低い鼻の上に掛けた
小さな黒ぶちメガネ越しに観察します……


(みな若く 美形揃(ぞろ)いですね……

おや……?)



………



「とっと 要件を言え!!


オレ様は暇じゃね〜


何!?
……一緒に写真だぁ?


1枚だけなら撮らせてやる……

さっさっと しろッ!!」



(……ずいぶん 乱暴な
物言い……
あれでも執事なのでしょうか?……)



「「「キャー(≧▽≦)
素敵!!」」」

「「「もっと 罵(ののし)って〜〜!!」」」



(…!?……
……以外と
……人気があるのですね……)


思わず額の汗を拭(ぬぐ)ってしまいます……



:……セバス……

ちょっとセバス……

……こたえなさい

ドコにいるの?……



お嬢様からの専用チャットです…
見習い執事を探しているようです……



専用チャットに繋(つな)ぎ見習い執事は応(こた)えます……



:はい……
お嬢様……
いかがなされました?……



:ちょっと 聞いたわよ…
執事喫茶ですって!?

場所とchを おしえなさい!!

いま!

すぐ!!



凄(すご)い けんまくです……



:……わかりました
お嬢様……
場所は 富通る海門 ……
chは……50××……



:わかったわ…
いま すぐ 向かうわ…



:あの……お迎えは?…



:必要ないわ…
あなたは そこをうごかないで!!



:かしこまりました…
…お嬢様



見習い執事は お嬢様が
そこに いないのに
深々と頭をさげます……



アブル連邦 城塞都市から
ここ 富通る海門 までは
かなりの距離が あるのですが……
料金を払って牛車を使えば途中 魔物に遭遇すること無く安全に来ることが出来ます


はたして お嬢様は牛車を とばして 富通る海門 に到着したようです……

雪色の長い髪を首の後ろで束ね オッドアイの瞳が
まっすぐ前を見つめます…
最近 手に入れた
お気に入りの異国の服
ユカタ(彩)を さっそうと着こなし
しずしずと現(あらわ)れました……


さすがは お嬢様
様(さま)になっています……



ドレスで着飾った女性達の中でも ひけをとりません……



:これは お嬢様……
ようこそ……と言うべきなのでしょうか……



見習い執事は 専用チャットで話しかけます……



:ここが執事喫茶……

……まぁまぁね…



毅然(きぜん)とした 物言いですが
頬が弛(ゆる)みかけています……


……そう
お嬢様は こういう場所が好物なのです……



:これから いかがなさいます?…



:…そうね
しばらく 眺(なが)めているわ…



:かしこまりました…



(えへへ……楽園(パラダイス)が ここに……(≧▽≦) )


言動 態度とは うらはらに心のなかは 浮かれてます……



見習い執事は 再(ふたた)び観察を続けます…



「……きょうは なんだか寒いわ……」


「では お嬢様 私の膝の上にお座り下さい…」


「……こう?
かしら……」


「こうしてると暖まりますよ」


「……本当だわ……」


「では このまま過ごしましょう……」



「……………えぇ」



様々な会話が聞こえて来ます…



…………



(あれは 執事協会の方?
……でしょうか……)


視線の先にロマンスグレーの髪をした 老執事が見えました…
執事喫茶の責任者と おぼしき若執事と談笑(だんしょう)しています

正規の執事の証(あかし)たる
銀の片メガネ(シルバー・モノクル)が左目を飾っています……

執事喫茶の若執事たちは
銀の片メガネを掛けていません……
もちろん 見習い執事もです………

執事協会が認めた者だけが掛けることを許された
身分証明書の様なモノだからです…………



これが あれば 屋敷勤め執事として 正式に採用されます……


見習い執事から執事へ昇進です……



(……正規の執事に なることが 目標でしたが……

彼らは 実に幸せそうですね……

女性達を喜ばせ……
自分達も楽しんでいます……
屋敷勤めだけが執事の理想では 無い……
のでしょうか?)


見習い執事は ぼんやりと考えこみます……



……

…………

……



「………

…素敵な服(ユカタ)ですね
……

……よくお似合いです

……」



「………えぇ」



「こちらに座って
……少し
お話しませんか…」



「……えぇ……」



いつの間にか お嬢様は
執事の1人と同席しています…



見習い執事は その様子に 気付きました…



(…おや?
お嬢様 いつのまに……)


見習い執事は お嬢様と執事の様子を 静かに見守ることにしました……




「貴女(あなた)は とても美しい瞳を してますね
……色違いの宝石を 見ているようです……」



「……そうね……

……………

…………ありがとう……」

(うゎ〜!?
……そんなこと言われるなんて……
……尊い……尊いよ〜!!)


「……貴女(あなた)は 実に物静かで 奥ゆかしい……
その新雪のように白い髪とオッドアイが相まって
神秘的です……」


「…お褒めの言葉……

ありがとう………」


(しっかりするのよ
わたし……

まだ……はじまった…ばかり……

ここで倒れる…わけ……には……)



(……あの お嬢様が……
まるで……借りてきたネコのように………)

見習い執事は 軽く驚いています……



「あの〜……
つぎ よろしいでしょうか?」



お嬢様の相手をしている
若い執事に 別の女性が
声をかけます……



「申し訳ありません
ただいま こちらの お嬢様の お相手しております…
しばらく お待ちくださいませ……」



「……そうなんだ……

じゃあ 待たせてもらうね…」


(……さすがは 執事喫茶
お客様の扱いに 慣れていますね……
それに お客さまのほうも
静かに 待っておられる…
なんと 素晴らしい……)




「では オッドアイの お嬢様……

お名残(なごり) 惜しいですが

最後に お写真など いかがでしょうか?」



「……そうね

一枚 お願いするわ……」



「お望みのポーズなど
ございましたら
遠慮なさらず お申しつけ下さい…」



「……そうね
貴方(あなた)の……

膝の上……

…が いいわ……」




「承(うけたま)りました…
……では
こちらへ……」


若い執事は胡座(あぐら)をかき お嬢様を誘います…


「……しつれいするわ…」


(キャー (≧▽≦) ……
ついにきたわ〜
……はぁ……はぁ……
落ち着け わたし……

勝鬨(かちどき)には……

まだ……

……はやい……)



弛緩(ゆるみ)そうになる
頬を 理性が必死に緊張(しめ)ます……


お嬢様は 今 自分との孤独な闘いを繰り広げているのかもしれません………


お嬢様の心中(ココロ)は
お嬢様にしか わかりません………



…………


「そろそろ よろしいでしょうか?」


若い執事の声で お嬢様は我(われ)にかえりました……


「え?…… えぇ……

ありがとう…… 」



「お嬢様に ひとときでも
ご満足いただけたのなら
執事として光栄(うれしい)です……
また お越しくださいませ………」

…………

「行ってらしゃいませ
お嬢様……」


若い執事は 右平手を左胸にあて 深々と 執事お辞儀をしました……



「えぇ……機会があれば
……また………」



お嬢様は若い執事に背を向けます


「セバス!
わたしのセバス!!
帰るわよ!」



「はい お嬢様……
お供(とも)します……」



………


「お嬢様 たいへん お待たせしました……
こちらへ どうぞ……」


若い執事は次の女性客の接待に入りました……




アブル連邦への道すがら

見習い執事はつぶやきます……


「……ワタクシめには 無理ですね……」



「?
なんのこと……?」



「いえ…執事喫茶で働くということがです…」


「あなたには 顔の時点で
不採用よ……」



「……まぁ それもありますが……」


「数多くの女性を平等に もてなす……ということがです…」


「ふっ う〜ん……」



「やはり ワタクシめは
1人の お方に お仕えしたい…」



「そう……
見つかると いいわね
あなたを 召し抱えるような
物好きが……」


「………はい…」



「それと…
……きょうは ありがとう……
楽しかったわ……」



「はい…
お嬢様……」



連邦への道は 歩くには
少し遠いようです……


でも……
この二人なら 無事に
たどり着けるでしょう


お嬢様を お守りする


それも執事としての
輝かしい栄誉
なのですから……




……………………おわり
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