………

見習い執事セバスが アブル連邦に住む お嬢様と暮らしはじめてしばらくした頃
連邦執事協会から連絡がはいります……




“……今日 富通る海門 にて 執事喫茶 が開催される……その会に参加し 学んでくるように……”



協会専用チャットを通しての連絡事項でした…



「……執事喫茶ですか……

お屋敷付き執事に成れなかった者が集まり 女性をもてなす場所?……と聞き及(およ)んでいますが……

…………


……協会からの指令では仕方ないですね……

行くとしますか……」



ちょうど お嬢様は一人で出かけていました……

お嬢様の両親の方に出かける旨(むね)を告げ
“富通る海門”を目指します……

広がる平野を抜け3国国境を通った先にある高い門に守られた港町……

立派な教会が町の中心に建ち 手入れの行き届いた裏庭……海の見える結婚式場として有名な町………


しかし普段は訪れる者もなく 静かに波が港の護岸を洗い……
南国の明るい太陽が町を暖(あたた)かく包みこみ
気だるさと眠気が誘います……



そんな昼下がり………



海に面した教会前の石畳(いしだたみ)広場……
左右にある階段を登り
見習い執事が 執事喫茶の開催される会場に たどり着くと まだ開店前なのに すでに数人の女性客がいました……


石畳広場からさらに階段を登ると………
この町の教会があり
その階段の左右に執事達が静かに立ち
並んでいます………

左胸にはピンク色のバラのコサージュが誇らしげに
咲いていました……



(……少し 早かったようですね……

まぁいいでしょう……邪魔にならないよう 隅(すみ)で見学させてもらいましょう……)


見習い執事は 広場のすみへ移動します…

時おり海から吹く風が
褐色の肌にかかる
濃い緑色の髪をやさしく
なびかせます……


しばらく佇(たたず)んでいると
訪れる女性が増えはじめました……



「おかえりなさいませ…」


「おかえりなさいませ お嬢様……」


執事達が一斉(いっせい)に声をかけます……




「皆さま ようこそ 執事喫茶へ…」


「どうぞ お好きな執事のもとへ……


我ら一同 精一杯 おもてなしさせていただきます……」



「どうぞ 遠慮なさらずに……」


「胸のピンクの花が目印でございます……」


執事が声をかけます……

その開店の声を合図に 訪れた女性達は
お目当ての執事のもとへ 駆け寄ります……


会場の あちらこちらから
甘いささやきが聞こえて来ます………


「会いたかったわ〜」

「私もでございます
お嬢様……」


「ねぇ……
二人っきりに なりたいわ……」


「……では コチラへ……」


二人は連れだって 教会の裏庭の方へ 消えて行きました……

あとを追わないほうが いいでしょう……




「…あ あの……」


「はい…
どうなされました?
お嬢様……」


「お写真……
いいですか!」


「はい…
お嬢様………
どのようなポーズでも
お命じ下さい

私は 貴女(あなた)の忠実なる執事に ございます…」

(≧▽≦)




(……なるほど…
これが 執事喫茶という
モノですか……)

見習い執事は低い鼻の上に掛けた
小さな黒ぶちメガネ越しに観察します……


(みな若く 美形揃(ぞろ)いですね……

おや……?)



………



「とっと 要件を言え!!


オレ様は暇じゃね〜


何!?
……一緒に写真だぁ?


1枚だけなら撮らせてやる……

さっさっと しろッ!!」



(……ずいぶん 乱暴な
物言い……
あれでも執事なのでしょうか?……)



「「「キャー(≧▽≦)
素敵!!」」」

「「「もっと 罵(ののし)って〜〜!!」」」



(…!?……
……以外と
……人気があるのですね……)


思わず額の汗を拭(ぬぐ)ってしまいます……



:……セバス……

ちょっとセバス……

……こたえなさい

ドコにいるの?……



お嬢様からの専用チャットです…
見習い執事を探しているようです……



専用チャットに繋(つな)ぎ見習い執事は応(こた)えます……



:はい……
お嬢様……
いかがなされました?……



:ちょっと 聞いたわよ…
執事喫茶ですって!?

場所とchを おしえなさい!!

いま!

すぐ!!



凄(すご)い けんまくです……



:……わかりました
お嬢様……
場所は 富通る海門 ……
chは……50××……



:わかったわ…
いま すぐ 向かうわ…



:あの……お迎えは?…



:必要ないわ…
あなたは そこをうごかないで!!



:かしこまりました…
…お嬢様



見習い執事は お嬢様が
そこに いないのに
深々と頭をさげます……



アブル連邦 城塞都市から
ここ 富通る海門 までは
かなりの距離が あるのですが……
料金を払って牛車を使えば途中 魔物に遭遇すること無く安全に来ることが出来ます


はたして お嬢様は牛車を とばして 富通る海門 に到着したようです……

雪色の長い髪を首の後ろで束ね オッドアイの瞳が
まっすぐ前を見つめます…
最近 手に入れた
お気に入りの異国の服
ユカタ(彩)を さっそうと着こなし
しずしずと現(あらわ)れました……


さすがは お嬢様
様(さま)になっています……



ドレスで着飾った女性達の中でも ひけをとりません……



:これは お嬢様……
ようこそ……と言うべきなのでしょうか……



見習い執事は 専用チャットで話しかけます……



:ここが執事喫茶……

……まぁまぁね…



毅然(きぜん)とした 物言いですが
頬が弛(ゆる)みかけています……


……そう
お嬢様は こういう場所が好物なのです……



:これから いかがなさいます?…



:…そうね
しばらく 眺(なが)めているわ…



:かしこまりました…



(えへへ……楽園(パラダイス)が ここに……(≧▽≦) )


言動 態度とは うらはらに心のなかは 浮かれてます……



見習い執事は 再(ふたた)び観察を続けます…



「……きょうは なんだか寒いわ……」


「では お嬢様 私の膝の上にお座り下さい…」


「……こう?
かしら……」


「こうしてると暖まりますよ」


「……本当だわ……」


「では このまま過ごしましょう……」



「……………えぇ」



様々な会話が聞こえて来ます…



…………



(あれは 執事協会の方?
……でしょうか……)


視線の先にロマンスグレーの髪をした 老執事が見えました…
執事喫茶の責任者と おぼしき若執事と談笑(だんしょう)しています

正規の執事の証(あかし)たる
銀の片メガネ(シルバー・モノクル)が左目を飾っています……

執事喫茶の若執事たちは
銀の片メガネを掛けていません……
もちろん 見習い執事もです………

執事協会が認めた者だけが掛けることを許された
身分証明書の様なモノだからです…………



これが あれば 屋敷勤め執事として 正式に採用されます……


見習い執事から執事へ昇進です……



(……正規の執事に なることが 目標でしたが……

彼らは 実に幸せそうですね……

女性達を喜ばせ……
自分達も楽しんでいます……
屋敷勤めだけが執事の理想では 無い……
のでしょうか?)


見習い執事は ぼんやりと考えこみます……



……

…………

……



「………

…素敵な服(ユカタ)ですね
……

……よくお似合いです

……」



「………えぇ」



「こちらに座って
……少し
お話しませんか…」



「……えぇ……」



いつの間にか お嬢様は
執事の1人と同席しています…



見習い執事は その様子に 気付きました…



(…おや?
お嬢様 いつのまに……)


見習い執事は お嬢様と執事の様子を 静かに見守ることにしました……




「貴女(あなた)は とても美しい瞳を してますね
……色違いの宝石を 見ているようです……」



「……そうね……

……………

…………ありがとう……」

(うゎ〜!?
……そんなこと言われるなんて……
……尊い……尊いよ〜!!)


「……貴女(あなた)は 実に物静かで 奥ゆかしい……
その新雪のように白い髪とオッドアイが相まって
神秘的です……」


「…お褒めの言葉……

ありがとう………」


(しっかりするのよ
わたし……

まだ……はじまった…ばかり……

ここで倒れる…わけ……には……)



(……あの お嬢様が……
まるで……借りてきたネコのように………)

見習い執事は 軽く驚いています……



「あの〜……
つぎ よろしいでしょうか?」



お嬢様の相手をしている
若い執事に 別の女性が
声をかけます……



「申し訳ありません
ただいま こちらの お嬢様の お相手しております…
しばらく お待ちくださいませ……」



「……そうなんだ……

じゃあ 待たせてもらうね…」


(……さすがは 執事喫茶
お客様の扱いに 慣れていますね……
それに お客さまのほうも
静かに 待っておられる…
なんと 素晴らしい……)




「では オッドアイの お嬢様……

お名残(なごり) 惜しいですが

最後に お写真など いかがでしょうか?」



「……そうね

一枚 お願いするわ……」



「お望みのポーズなど
ございましたら
遠慮なさらず お申しつけ下さい…」



「……そうね
貴方(あなた)の……

膝の上……

…が いいわ……」




「承(うけたま)りました…
……では
こちらへ……」


若い執事は胡座(あぐら)をかき お嬢様を誘います…


「……しつれいするわ…」


(キャー (≧▽≦) ……
ついにきたわ〜
……はぁ……はぁ……
落ち着け わたし……

勝鬨(かちどき)には……

まだ……

……はやい……)



弛緩(ゆるみ)そうになる
頬を 理性が必死に緊張(しめ)ます……


お嬢様は 今 自分との孤独な闘いを繰り広げているのかもしれません………


お嬢様の心中(ココロ)は
お嬢様にしか わかりません………



…………


「そろそろ よろしいでしょうか?」


若い執事の声で お嬢様は我(われ)にかえりました……


「え?…… えぇ……

ありがとう…… 」



「お嬢様に ひとときでも
ご満足いただけたのなら
執事として光栄(うれしい)です……
また お越しくださいませ………」

…………

「行ってらしゃいませ
お嬢様……」


若い執事は 右平手を左胸にあて 深々と 執事お辞儀をしました……



「えぇ……機会があれば
……また………」



お嬢様は若い執事に背を向けます


「セバス!
わたしのセバス!!
帰るわよ!」



「はい お嬢様……
お供(とも)します……」



………


「お嬢様 たいへん お待たせしました……
こちらへ どうぞ……」


若い執事は次の女性客の接待に入りました……




アブル連邦への道すがら

見習い執事はつぶやきます……


「……ワタクシめには 無理ですね……」



「?
なんのこと……?」



「いえ…執事喫茶で働くということがです…」


「あなたには 顔の時点で
不採用よ……」



「……まぁ それもありますが……」


「数多くの女性を平等に もてなす……ということがです…」


「ふっ う〜ん……」



「やはり ワタクシめは
1人の お方に お仕えしたい…」



「そう……
見つかると いいわね
あなたを 召し抱えるような
物好きが……」


「………はい…」



「それと…
……きょうは ありがとう……
楽しかったわ……」



「はい…
お嬢様……」



連邦への道は 歩くには
少し遠いようです……


でも……
この二人なら 無事に
たどり着けるでしょう


お嬢様を お守りする


それも執事としての
輝かしい栄誉
なのですから……




……………………おわり