お互い社会人。木手さんは社会人プロ設定。







月刊テニス雑誌の、ちょうど中間あたり。
他の選手と抱き合わせだけれど、ちゃんと写真も名前も載って、知った顔が掲載されている。

注目の若手選手として、恋人が紹介されるのは誇らしい。
そこにはいつもの鋭い目つきとは違って、にこやかな表情でインタビューに答える木手くんがいた。


(これ見た人は、優しそうな人だって思うんだろうな…)


普段は、自分にも他人にもあんなに厳しい人なのに。まるで別人みたい。

多くはない文面からでも、彼が高く評価されていることが分かる。
それに応えるかのように、これからの選手としての展望を語る姿に、なんだか木手くんを遠く感じた。


ーーこの人、ほんとに私の彼氏なんだろうか。滅多に見せてくれない穏やかな表情が、少し憎らしい。




ここのところ、デートはもっぱらショッピングだ。
数少ない休みに遠出させるのは気が引けるし、練習で疲れているのに無理はさせたくない。

いつの間にか、あまり力の入ったデートはしないようになっていた。


「次、あのブランドを見てもいいですか」


二人で歩いていると、前より人の視線を感じることが増えた気がする。
木手くんの姿を見て、あからさまに表情を変える人だっている。

あんな風に雑誌の取材を受けることもあるのだから、テニスに詳しい人なら気づくんだろう。
そうでなくても、180cm近い身長にこの風貌じゃ、目立つに決まっている。

いつもだったらなんとも思わないのに、今日は自分がどんな風に見られているのか、過剰に周りの目が気になってしまう。


「…ユキ?」


お店の窓ガラスに映る自分は、なんだか幼く垢抜けない。
今日のために新調したワンピースも、スラッとした木手くんの隣で歩いていると、服に着せられているみたいだ。

好きで付き合っているはずなのに、一緒にいると自信をなくしてしまう。

どんどんプロとして活躍していく木手くんと、そんな彼についていくのに精一杯の私。
きっといつの日か、住む世界が違うと振られてしまうんじゃないだろうか。


「疲れましたか」

「あっ、ごめん、なんだった?」

「…今日はずっとうわの空ですね」


木手くんが、近くのベンチに腰を下ろす。
慌てて隣に座ると、そっと左手が重ねられた。


「寂しい思いをさせて、すみません」

「…っ」

「俺といるのが、嫌になりましたか」


もう一度、ぎゅ、と手を握り直して、木手くんが顔を覗き込んでくる。

整えられた眉が、心配そうに下がるのを見ると胸が締め付けられた。

愛想を尽かされるとしたら、私の方なのに。この表情の時だけは、頼り気ない年相応の青年に見える。


「ごめんね、違うの、考え事してて…」

「悩み事ですか」

「悩みっていうか…」

「俺に、言えないことですか」


木手くんがここまで食い下がってくるのは珍しい。こうなったら、なにか言うまでは離してくれないだろう。
観念して、でも、少しずつ言葉を選んで話す。


「この前、木手くん、雑誌に出たでしょ。インタビュー記事も載ってる」

「あぁ、そういえばそんな取材も受けましたね」

「…すごいなぁって思って。前から、一緒に歩いてると、人に見られることが増えたし。今日だって、たぶん何人かは木手くんのこと知ってたよ」


話の意図が読めないのか、木手くんは怪訝そうな顔をする。


「…木手くん、どんどんすごい人になっていくから。元から、釣り、合わないのに、なんか、住む世界が、ちが…」


次になにか言ったら、泣いてしまいそうで口をつぐむ。
こんなこと言いたくない。久しぶりに会えたのに、どうしてその時間だけを大切に出来ないんだろう。

めんどくさい女だって、思われるのなんか嫌なのに。


「俺は、ユキが見られているんだと思ってましたよ」

「…?」

「ユキは、会う度に綺麗になっていますから。キミのことを見る輩が増えたんだと」


そう言って、木手くんは安心したように目を伏せる。
言われたことが理解できると、私も頬が熱くなった。


「キミがぼんやりしているのも、もう、他の男が出来たからかと思いました」

「そんなこと…」

「遠距離のうえになかなか会えない。
会っても近場のデートばかりで我慢をさせている。愛想を尽かされても当然だ。
…キミの周りには、キミと付き合いたがっている男だって沢山いるでしょう」


いつも完璧で、余裕のある彼が、こんな弱音を吐くのは初めてだった。
あの木手くんが、他人を気にしたり、嫌われるのを怖がるなんて。

困った顔の木手くんは、なんだか大型犬が叱られているかのようで愛おしい。
私に見られているのに気付くと、コホン、と一つ咳払いをした。


「実は今度の大会が終わったら、しばらく拠点をこっちに移すつもりなんです」

「そうなんだ…」

「ええ、…そしたら、こちらで一緒に住みませんか」


今度は、じっと真剣な表情でこちらを見つめられる。
突然の提案に面食らっていると、木手くんはここぞとばかりに畳み掛けた。


「住む家が同じなら、一緒にいる時間も増やせるでしょ」

「で、でも、それはさすがに…親にも言わなきゃいけないし…!」

「俺は構いませんよ」

「でも、なんで、急に、」

「急じゃなく、ずっと考えていたんです。
練習が忙しくなると、どうしても会う時間が減ってしまう。その隙に、他の男につけ入られないとも限りませんしね」


真面目に言っているのか、茶化しているのか、木手くんは表情を崩さない。


「…私、浮気なんかするつもりないけど」 

「分かってます、俺が、キミといたいだけです」


木手くんが、目を細めて優しく笑う。
雑誌の写真とは少し違う、不安の色の残る笑顔。



「嫌ですか?」

「嫌じゃ…ない、け、ど」

「住む世界が違っても、帰る所が同じなら、今よりは安心出来ませんか?
俺にとっては、釣り合いなんかよりキミを誰かに取られる方が問題だ」


もう、いつも通りの鋭い目つきの木手くんだ。
反論なんて聞く気はないだろう。仕方なく頷くと、満足そうに笑って立ち上がる。


「じゃあ、このままご両親にご挨拶にでも行きましょうかね」

「ちょっ…それ本気で言ってるの?」

「もちろん冗談です」


さっきとなにも変わらないのに、今度は周りの目がちっとも気にならない。
木手くんがあんまり上機嫌で、手を強く引くからだ。

きっとこれからも、彼といたら、お互いの違いにたくさん悩むんだろう。

でもこうして、気持ちを明かし合えたら、思ったよりずっと、長くそばにいられるかもしれない。