車の音がして、ライトが光る。旦那さまのお帰りだ。
 出迎えるために外に出ると、親と思われる成猫が夕方と同じように警戒してか逃げていった。
 仔猫は、車の下に移動していた。
 夕方見た時は気付かなかったが、よく見ると右眼は白っぽく濁っていた。左眼の違和感が大きくて、よく見てなかったのだ。
 にゃあー、にゃあーと仔猫にしては低めの声でずっと鳴いていた。
 光には反応するが、はっきりとは見えてないようだった。
「多分何かしらの障害があるんだろうな。長くは生きれないかもしれない」
 野生で生きていくのは大変だ、と言う声に、今の自分は本当に幸せなんだと思った。
 動物アレルギーがあるので、飼うことは出来ない。
 だから、気になりつつもそのままにして家に入った。
 風呂から上がると、仔猫の鳴き声がまだ響いていた。
 どうかしたのだろうか…と思いつつ、外に出ることなくそのままご飯を食べた。
 仕事で疲れていた旦那さまはその後すぐに寝てしまった。
 まだ眠さなんてない自分は、大好きな活字を読み漁る。
 しかし、どうしても仔猫の眼が気になって仕方ない。
 ネットで仔猫、眼、濁りとワードを入れて検索。どうやら白内障もしくは角膜炎のひどいものらしいと分かった。
 眼の病気。
 生きていく上で、眼が見えないのはかなり厳しい。それが野生ならば、その厳しさは飼い猫の比ではないだろう。
 気になって仕方ないけれど、飼えないのに中途半端に手を出すのは無責任な気がして、そのまま眠りについた。
 朝。
 旦那さまは今日も仕事である。
 いつの間にか隣の温もりがない事に気付き、もう起きているのかと自分も起きてパンを焼く。
 出掛ける前に、「昨日の仔猫が車の下に居るかもしれないから確認した方がいいよ」と言うと、分かった、と返事があった。
 仕事に使う車の下には仔猫はおらず、しかし旦那さまが言った。
「お前の方が出る時気をつけろよ」
「なんで?」
「そっちの下にいる…でも…」
 動かない。
 普通、眼がよく見えないにしても物音がすれば少しなりとも動くものだ。
 しかし、仔猫は眼を開けているのに動かなかった。
 タイヤの近くにいた仔猫はやはり死んでいた。
 埋めるために必要なスコップを探し、仔猫を車の下から出そうと試みる。
 ちょうどタイヤの中間にいて手が届きにくい。
 それに、このままにはしたくなくて埋めたいと言ったのは自分なのに、触るのを躊躇った。触れるのがなんだか怖かった。
 旦那さまに任せるのも違う気がして、仔猫に触る。首を引っ張るのがどうしても嫌で、なんとか前右足を掴むもなかなか動かなかった。
 死後硬直。
 仔猫は死んだ時の体勢で固まっていたのだ。
 仔猫はいつ死んだのだろう。昨日鳴いていたのは、親猫を呼んでいたのだろうか。はたまた痛さを訴えていたのだろうか。
 もし死んでしまうと分かっていたら、…分かっていたらあぁしたのに、こうしたのにと考えた。
 仔猫は多分、産まれて一ヶ月かそこらだ。この世界をほとんど知ることなく、逝ってしまったのだ。
 死に際に、親猫が近くにいてくれていただろうか。
 せめて死んでしまうその時は一匹じゃなく傍に誰かいてくれたら少しは慰めになると思った。
 これは自分の勝手な考えで、それで救われるかどうかなんて分からないのだ。
 何故だか溢れる涙を拭うことなく埋める場所へと移動する。
 親と思わしき猫は現れなかった。
 仔猫だけ埋めるのはなんだか悲しくて、何か一緒に埋めるものがないか探した。
 動物を飼っていないのでおもちゃもなく、周りに花もない。
 何かないか…何かないかと探すと、もう枯れかかって花がほとんど落ちているキンモクセイがあった。
 キンモクセイらしい匂いもしなかったが、少しでも仔猫の慰めになればとなるべく綺麗な所を選んで枝を折る。
 それを仔猫の身体の上に置いて、土をかけた。
 どうしようもなく涙が止まらない。
 久し振りに触れた死が、悲しくて悲しくて仕方なかった。
「お前に責任があるんじゃないよ。全部を背負おうと思ったって無理だろう。気にやむなよ」
 仕事前の忙しい時間に手伝ってもらった事にお礼を言って、送り出す。
 そうだね。全てを背負うなんて自分には無理だ。
 でも、見てしまったんだよ。知ってしまったんだ。
 なのに行動を起こさなかった自分が本当に自分勝手だと思った。
 今現在、自分が知らないだけで死にそうになっている動物が世界には五万といるだろう。
 それでも、関わったのならどうにかすることも出来たのに。
 全てを救えなくても、知っている範囲で動くことは出来たのだ。
 動かなくてごめんね。
 きっと痛かったんじゃなかろうか。怖かったんじゃなかろうか。
 もし、次生まれてくることがあるのなら。
 今回のような痛みを感じぬように。幸せであるようにと、祈っています。
 おつかれさま。