「死んでしまって会えないのと、生きてんのにもう会えないのどっちがツラいと思う?」
屋上は心地良い風が吹いていた。
食欲を満たしてなんとはなしに見ていた空はどこまでも、どこまでも蒼く感じた。
「そうだな」
突然の問いに、少しだけ考える素振りを見せたあといつもと変わらない落ち着いた声が言う。
「死んでしまってもう会えない、かな。もし生きているなら実際にそうじゃないかもしれなくてもきっと幸せにしてると思えるだろ」
でも死んでるなら、そうは考えられない。
「………だよなぁ」
人間はどんな時も感情を抱えている。
感情があるからこそ楽しかったり嬉しかったり、悲しかったり泣きたくなったり。
時々のまれてしまいそうになるけど必要なものだと思う。
会いたい人がいる。
その人はもう逝ってしまったから、どんなに強く願ってももう会えはしない。
話したくても話せない。
あの時あぁしとけば良かった、こうしとけば良かった。
たくさんの伝えたい言葉があった。
でもそれを伝える術はなく、ただただ後悔しかないんだ。
実際にはあるはずはないと分かっていながら、もし一度だけ過去に戻れるなら、自分は間違いなくあの日を選ぶだろう。
それで過去が変わるわけでもないだろうし、ましてや未来を変えたいからではなく。
ただ、後悔しないために行動したかった。
泣いたら貴女に逢えますか。
願えば貴女に逢えますか。
何度も繰り返した現実は、変わることなく続いている。
「………」
蒼い空が目にしみる。
ぼやけた視界は、まばたくと少しだけクリアになった。
これは、自分で昇華するしかない。
かといって自分に何かができるわけでもなく、きっと時間が解決してくれるのだろう。
時間は緩やかに、でも確実に流れて何かを変えていく。
(…いつか俺の気持ちも変わっていくのかな)
あれだけ悔やんだ過去を、自分を、許せる日がくるのだろうか。
流れる雲の行く先が分からないように、未来も分からない。
だからこそ生きていくのだろう。
「あー、午後の授業かったりぃ…」
満腹になった状態での古典など、子守歌でしかない。
だけど、学生の本分は一応勉強なので。
頭に入るかどうかは別として、ちゃんと授業には出るとしよう。
「よし!」
気合いを入れて立ち上がると、ちょうど予鈴が聞こえた。
「行こうか」
深く突っ込むでもなくかといって突き放すでもなく。
絶妙な距離感を持っているなぁと思う。
それが、悔しいけど心地いい。
(…だから周りに人が絶えないんだろうなぁ)
許されてる気がする。
守られてる気がする。
でもそれは何かを返してもらうためではなく、コイツの性格なのだ。
人気者でもある男は、それを自慢するでもなく今日も本人曰わくいつもと変わらない行動と言動をして、また人を惹きつけていくのだろう。
(あ、無自覚の人たらしか)
…たち悪いな…。
でもそれに救われている自分もいるので、文句などあるはずもない。
放課後になったらみんなでどっかに行きたい。
気分転換も兼ねて自然でも見たいところだが、時間的に無理だ。
…いや。
一人じゃないなら、何処だっていいし何したっていいんだよなぁ。
時々無性に誰かといたい。
独りなのを忘れていたくて、誰かを求める。
弱い弱い自分がいて、でもそれは悪いことじゃないから否定するのをやめた。
少しずつでも前へ進めてると思いたい。
いつかもっと歳をとって今を振り返った時。
若かったなぁって。
でも乗り越えたと。
あの頃の自分を懐かしむ時がくればいい。
そうなるように、生きてくだけだ。
変えたいけど変えられない過去など誰にだってある。
後悔したことがない人なんていないだろう。
だからこそ人は、次は後悔しない未来へ歩もうと努力するのだ。
過ちは一度で十分だ。
自分のことは好きじゃない。
こんな弱くて愚かで、ずるくて汚い感情に溢れている自分が好きじゃない。
だけど、嫌いというわけでもない。
まずは自分を認めて、好きになって。
それからなら今は見えない世界を見ることが出来るだろう。
知ることが出来るだろう。
(あれこれ考えてるのは、あの日が近いから…か)
普段は使わない頭を使うのは、疲れる。
けど時々、そうしたくなるのだ。
まだ十数年しか生きていないけど、知らないことばっかりじゃない。
けど、知らないことの方が多いだろう。
世界の全てを知りたいとは思わないけど、生きている理由は知りたいと思う。
(…いかんいかん、思考がアッチに行きかけてる…)
たまに引っ張られて戻るのが大変なんだけど、今日は大丈夫。
いつも追いかけてる目印がすぐそこにあるから。
振り返りもせず歩く背中と肩を並べるため、青空としばしの別れを。
俺は屋上のドアを閉めた。