が舞い散る…


地球上の地理や気候が急激に変化し、人類も半数が死に絶えたと言うのに、四季が残る場所には花も咲けば、雪も降る。


此処、ニュー・ヴィレッジ・タウンの中心にはまだ緑が残っていた。


商店街を抜けた場所に病院がある。


昔ほどの医療器具は残っていないが、一応病院として機能していた。


その病院の屋上、車椅子の女と黒いコートに身を包む男が居た。

ジャックとディアナだ。


病院の前には巨大な桜の木があった。
その舞い散る桜を、ただ黙って見つめるジャック。
車椅子のディアナは顔中包帯で巻かれ、口と僅かに鼻だけが出ている状態だ。

「いい匂いね……」


「ああ…わかるか…?」


「目は見えなくても花の香りぐらいはわかる…」


「桜だ…綺麗だ…」


急にクスクスと笑うディアナ。

「…なんだ?何かおかしいか?」


「泣く子も黙る黒い狼の言葉とは思えない。意外と風流なのですね、狼さん?」


照れて咳込むジャック。


「お、俺だって…桜の綺麗さぐらい…わかる…」


「うふふ…」

ジャックは内心ホッとしていた。

ディアナに笑顔が戻った。やはり、自然に触れると人の心は癒されるものなのだろうか…

ジャックはそのままディアナに口づけした。
その周りを更に桜が風に舞う…。


気がつくと屋上の階段の傍にモニカが立ってジャックとディアナを見つめていた。
二人を祝福するかの様な笑顔で…。

驚いて振り向くジャック。

「モニカ…」


「ジャック…ちょっといいかい?」


「ああ…悪いなディアナ」


「うん、私なら大丈夫」


モニカに促され、ジャックは階段を降り下の階の廊下へ出た。


「なんだ?何かあったのか?」


「ちょっとね。ケインとガイウスから連絡が途切れてから、もう3日経つんだよ…」


「うむ、俺も心配していた…俺が行ってみるか?」


「いや…あんたは動かないでおくれよ。あたしが行こうかと思ってるんだけど…」


「お前が?しかし、怪我は…」


「もう大丈夫さ…それで診察に来たんだからね。医者も回復の早さに驚いてるよ。そこでさ、留守中はあんたに大将を任せるよ」


「ああ、任せてくれ」


「あんたなら心配ないだろうけど。……ところで…」


「なんだ?」


「あのディアナって娘……」

ギクッとするジャック。

1番聞かれたくない話題だった。

「ディアナがどうした?」


「ホントに回復する見込みはないのかい?」


「…………ああ、医者もサジを投げてるよ、なにしろ普通の病気じゃないからな…」


「原因が魔族だからね……どうだい?」


「なんだ……?」


「“教授”を捜してみるかい?」


「教授?」


「聞いたことないかい?魔導の書を書いたと言う伝説の男さ……そいつなら何か手掛かりを知ってるかも…」


「何者なんだ?」


「あたしもよくは知らない…ただ、この魔族達の襲撃を前以て予言してたらしくて、世間では狂人扱いされてたみたいね」


「そいつは今何処に?」


「さあ……?死んだとも、魔族に捕まってるとも……」


「雲をつかむ様な話だな…」


「そうだね…でも何か手掛かりにでもなればと思ってさ…」


「貴重な情報ありがとよ…そろそろ戻らなくちゃ、ディアナが待ってる」


「ああ、行ってやんな」



そこへ……


「モ…モニカさん!ジャック兄ィ〜!!」

息を切らせたティムが廊下を走って来た。

何か不吉な予感に悪寒が走るモニカとジャック。


「なんだ?何かあったのか!?」


「ハァハァ……リ、リーダーとガイウス隊長が………」


「帰って来たのかい?」


「…いや、それが……」





そこへ、全身傷だらけで気を失ったまま担架で運ばれてくるケインとガイウス……



「うっ…」


その無惨な姿に言葉を失うジャックとモニカ。


「ケイン……」

涙を浮かべながら駆け寄るモニカ。


「ケイン!!……い…生きてるの?」


「おい、ティム……こりゃあ一体……」


「相当な激戦だったらしいです…連合軍は4万人が戦死……負傷者も5千人以上……二人が生きてるのも不思議なぐらいで……」


「なっ!?」


「やっぱり開いちゃいけなかったんだ…地獄の蓋は……」


そこへ、サドラー、ヴィンセント、ミゲルら親衛隊の面々とジャガーも現れた。
誰も彼も傷だらけだ。


「おお…おまえらは無事だったのか!!」


「……まぁ、なんとか生きてますよ…」
ヴィンセントが答える。


モニカはひたすらケインの顔を撫でながら膝を落としている。
横には全身大火傷のガイウスが横たわっている。そこへ…


「ケインが帰ってきたって!?」

素っ頓狂な声と共にギャル軍団のアイリーン、マキ、ヴィッキーまでやってきた。

瀕死のケインの姿を見つけると叫ぶ。

「ぎゃああ〜ケイン!!どーしたのさ!死んじゃったの??ケイン!」


「ガイウス隊長!!」

マキも、ガイウスの前で愕然としている。


「うるさいね!小娘!まだ死んじゃいないよ!」

モニカはアイリーンに罵声を浴びせるが涙で顔を腫らしていた。

「……そうさ、死ぬもんか……」


泣き崩れ、力無くそこにへたり込むモニカ。それを支えるのはミゲルだった。


「おい!医者はまだか!死んだらどうする気だ」


ヴィンセントの怒声に白衣を来た痩せぎすの初老の男が看護婦と共に走ってくる。


「さ、下がって、下がって……」

慌ててケインとガイウスの二人を治療室に運び込んだ。


「ケインを殺したらあたいが承知しないからね!!」

アイリーンが叫ぶ。


「ん…お前は見ない顔だな……」

ジャックは、巨人ジャガーを見据える。


「俺はジャガー・アルゴン・マーキュリーだ」


「マーキュリー?すると…」


「ああ…アックスは俺の兄貴だ」


「兄弟か…似てるな」


「ああ、今度の戦に兄貴の仇討ちに参加させてもらった…」


そこへ、ふらりと暗い男が現れた。
金髪で長身。どこかガイウスに似ているが、眼鏡をかけ、あまり覇気のない雰囲気は全く似ていない。


「ブルートゥース…」


「我が兄は無事なのか…?」
それは、ガイウスの弟ブルートゥースだった。


「酷い火傷だよ…」
ヴィンセントが答える。


「……そうか…わざわざ西を留守にしてやってきたが……不吉な予感は当たったな…」









桜の花びらが舞い散る……



…数週間が経過した。


病院の窓から、舞う桜の花びらを見詰めているケイン。


(……綺麗だ………)

周りを見渡すと白い壁が見えた。


(………ここは、何処なんだ……??)


ケインは病院のベッドに横たわっていた。


「……そうか……俺は、魔王との闘いで怪我を……」


無理に身体を動かそうとして、頭と身体全体に痛みが走る。


「うぐっ……つぅ〜…」



「気がついたか」

その声に振り向くと、やはりベッドに横たわるガイウスがいた。

全身包帯で巻かれ左眼までもが隠された姿が痛々しい。


「ガイウス……」


ケインは、魔王との闘いの際に見たガイウスの“真の姿”を思い出していた。


「フッフッ……こんな怪我など、すぐ回復するさ…見ろ」
と、右腕の包帯を取ってみせるガイウス。

そこは今までの火傷が嘘の様にきれいさっぱりとしていた。


「驚いたかね……なにしろ俺は……」


「人間じゃなかったんだな……」


「そうだ……俺やブルースは、お前の母親を殺した悪魔の仲間だ……憎むかね?俺達も……」


「……お前達は別だよ…」


「フッフッ…ありがとうよ…」


そこへ、コップに水を持ったモニカが入ってきた…起き上がったケインの姿を見て驚き、思わず水を落とす。

「ケ……ケイン!!」


「よお……モニカ…」


感極まり、抱き着くモニカ。眼には涙が溢れる。


「よ…良かった…ケイン……ホントに良かった」


「痛いよ…モニカ…」

だが、モニカの柔らかい胸の感触が心地良かった。
ケインは、モニカの顔を起こしてじっと見詰める。涙でくしゃくしゃだ。


「……心配かけたみたいだな…」


「ホントだよ、バカ!」

また抱き着くモニカ。

そんな二人の姿を呆れながら見るガイウス。


「あ〜あ、見せ付けてくれちゃって…ごちそうさま!!」


「ガイウス……あんたもすっかり回復したみたいだね。マキが心配してたよ…」


「そうかい…後で元気な顔を見せなくちゃな……ところで、みんなは?」


「ジャックを中心にして“狼の村”に集まってるよ」


「そうか…」







そして、ケインら人類同盟は再起をはかるべく再結集する。

彼らの闘いにまだまだ終わりは見えない……。













《第1部・完結》