ケインは、何か胸騒ぎがしていた。


東の陣地リーパーズ・アイランドまでの道程…大軍であるため、何度も小休止を取るが、東に近づくにつれて何か「予感」を覚えていた。


外はすっかり暗闇だ。

ケインの幕舎には親衛隊のヴィンセントとサドラーしか居ない…

常に同行していたモニカの姿はない。それが余計にケインの心を蝕む。


「入るぞ…」

その声に皆が振り向く。
ガイウスだった。


「よお……ガイウス、どうしたんだ?」


「あんまり静かな夜なんでね…」

と、酒の入った壷をテーブルの上に置いた。


「おっ!さすがガイウス隊長、素晴らしい物をお持ちですな」

喜んだのはヴィンセントとサドラーだ。


「まだリーパーズ・アイランドには遠いからな…」
蓋を開けコップに注ぐガイウス。
ケインも受け取るがなかなか口を付けない。


「どうしたい大将!飲まないのか?下戸じゃあるまい!」


「悪いな…今夜はそんな気分じゃない…お前らだけでやってくれよ」


「そうかい」


「じゃあ、リーダーの分はあっしらが頂いちまいますぜ!」


「ああ、やるよ」

言ったまま幕舎から出て行くケイン。



「どうしたんだ、あいつ……」

それをヘラヘラと笑うサドラー。

「なんだ、サドラー?」


「ヘッヘッ…コレが居ないんで寂しいんですよ」
と、小指を立てる。


「モニカか?ハハッ…」

酒をあおるガイウス。幕舎では笑い声が響く。




ケインは一人、満天の星空の下で思案にくれながら歩く…


(……この胸騒ぎはなんだ……??)




一方、ケインの幕舎から更に東寄りの丘の上にミゲル隊の幕舎があった。


ケイン隊の精鋭弓矢部隊も今は小数の見張りを残し、眠りについていた。



「ふぁわあ〜〜!!」


デカイ口を開けて欠伸をしたのは仲間に加わったばかりのジャガー・アルゴン・マーキュリーだ。


「ミゲルちゃん…いや、ミゲル隊長さんよぅ…」


「なんだよ?」

毛布に包まって寝ながら応えるミゲル。


「酒ぇ…ねえのか?酒はぁ?」


「ああっ!?んなもんあるかよ!!」
眠りを妨げられ不機嫌なミゲル。


「…ちっ、やっぱりな……じゃ、女は?」


「はぁ!?」
ガバッと起きて睨み付けるミゲル。


「お前…ここを何だと思ってやがんだ?軍隊のテントだぞ?」


「だが、同盟軍にゃ女だけの部隊や、なんつったか美人の軍師が居るって聞いたぞ」


「ああ、チェリー隊やモニカさんか?残念ながら今回は同行してないよ!都で留守番だ!モニカさんは負傷してるしな!」


「ちぃっ、居ねえのか」
と、ふて腐れる様に横になるジャガー。


「酒もねえ…女も居ねえ……つまんねえとこだな…軍隊ってのはよ」


ミゲルはツカツカと寄って来る。

「てめーは馬鹿か?何しにここへ来たんだ?」


「へへ……そう怒るなよ、ミゲル隊長殿……おっそうだ。あんた女の恰好して茶でもいれてくれよ…雰囲気だけでも…」


「ふざけんなっ!!」

ミゲルはジャガーの寝てる板を思いっ切り蹴飛ばした。



その時だった…


二人は外に何か異変を感じた……


「ミゲル隊長……」


「ああ……」


そこへ、急にケインが現れる。


「二人とも、出ろ!!」



そして、ガイウス達が酒盛りをしている幕舎でも何かに気付いていた。


「ん……」
酒を飲む手が止まるガイウス。


「どうしたんですか?」


「これは……」


「!?」


「お前も気付いたか?ヴィンス……」


「ええ……急に野犬の声が聞こえなくなりましたな」


「はっ!そ、そう言えば……」



ガイウスは真っ先に幕舎を飛び出る。
それを追うヴィンセントとサドラー。


天を見上げると、何かがおかしい。


東の空だけ星が見えない…まさに漆黒の闇だ。


まるで巨大な神か何かが東の星々を飲み込んでしまったかの様に……


「こ、これは……!?」


そして、その東の闇は生きているかの様に蠢いていた…


生きている闇……


その闇の塊は徐々にこちらに近づいてくるかの様に見える。

いや、正確には何も見えないが確かに「何か」がこっちへやってくる。


「敵襲!!」


怒声と共に、敵襲を報せる鐘が全軍に響き渡る。

跳ね起きる兵達。

静まり返っていた荒野が急に慌ただしくなる。


「ケイン!!」


ガイウス達が改めて武装し、駆け寄った先で見たものは……


襲い来る闇と戦う弓矢部隊と、巨大なトマホークを振りかざすジャガー達の姿。

そして、太陽剣で「闇」を斬り裂くケインの姿だった。


「来たぞ…ガイウス」


段々と目が闇に慣れてくる。
微かな炎に映るもの…それはカルロスの言っていた「黒い鳥」に違いない。

その悪魔然とした化け物がケイン軍の上空から奇襲してきたのだ。


「あ…明かりだ!もっと炎を燃やせ!!」


ガイウスが叫ぶと、紅竜隊のメンバーが松明を点し駆け寄る。

「隊長!下知を!ご命令を!!」


「おお…サルヴァドーレ!!今こそ、紅竜隊の本領を見せいっ!!」


サルヴァドーレと呼ばれた兵はガイウスにかしづくと下がる。


やがて、松明があちこちで点される。

そこに広がるのは阿鼻叫喚のケイン軍の姿。

弓矢や銃で応戦するものの、圧倒的な数と闇と言う味方をつけたガーゴイルズの前に血の池地獄を作り出す。だが……


「これが兄貴を殺した悪魔どもかぁ!?相手にとって不足はねえ!」


巨大なトマホークで次々とガーゴイルズを切り裂くジャガー。


「つ、強ええ……」

その鬼神もかくやと言った姿を目の当たりにして驚愕するミゲル。


「ジャガーを死なすな!」

ミゲルの弓矢隊も、ジャガーを支援する様に黒い鳥達を撃ち落としてゆく!

そして、騎馬にて黒い嵐の中に突っ込むのはケイン率いる精鋭。
従うヴィンセントとサドラー。

次々とガーゴイルズを細切れにするケインの魔剣…閃くたびに闇が切り裂かれた。

まさに闇を斬る光明の剣…太陽の剣の本領発揮だった!


そして、極め尽きはガイウスの紅竜隊。

「撃てい!!」


ガイウスの号令一下、騎馬のまま横並びとなり取り出したのはガトリング・ガン。

それを、闇の化け物に向けて一斉射撃。


爆音と不気味な悲鳴とともに砕け散る闇。


ケイン・ガイウス隊は、ギリアムやマーキュリー隊とは比べ物にはならない程強く、なにより統率が取れていた。


これが、同じ敵にさらに危うい立場で奇襲を受けた軍隊とは思えない違いを見せ付けていた。


ガイウス隊の射撃を見たケインは感嘆する。

「さすが、ガイウスの火竜砲撃隊だな!!」


だが、黒い嵐はまだ止む気配を見せなかった。


その波状攻撃の前に、いつしか5万人のケイン・ガイウス連合は3万に減っていた。


「くそったれぇー!コイツラ、斬っても斬ってもキリがねえや!」

トマホークを振り回しながら、さすがに疲労の色を隠し切れないジャガーがふと見ると、ミゲルの真後ろに近づく黒い鳥。


「ミゲルちゃん、危ねえ!!」


トマホークを飛ばすジャガー。

間一髪。

ミゲルの後ろにいたガーゴイルの頭蓋骨を割るトマホーク。

「あ…ありがとう、ジャガー」


「ああ…礼は後だ……すっかり囲まれちまったようだぜ…」


ミゲル、ジャガー達にじりじりと近寄るガーゴイルズ。
黒い輪が徐々に狭まる。


「ぐあっ!」

左腕を噛み付かれたサドラー。

「サドラー!」

それを助ける為に長槍で敵を突くヴィンセント。

「大丈夫か?」


「ああ……」
と、腕を押さえる後ろにガーゴイルズ。


「危ない!!」

そこへ現れたのは黄金色の剣を持つケイン。


「みんな、無事か!?」


「リーダー!!」


「乱戦になってきた…お前らも気をつけろ!!」



その矢先……何故かケインの脳裏にモニカの姿が浮かぶ……。

憂いを秘めた、ケインを心配するかの様な表情で。


(うっ……!?こんな時に……何だってんだ?)


ケインは黒い焔に包まれていた。


「ああっ!!リーダー!?」


「ケインさん!!」




闇、闇、闇………ケインの姿は、その闇の塊に飲み込まれいつしか見えなくなっていた。


ガイウスが駆け寄る。


「どうした!?何かあったのか!?」


涙目になりサドラーが叫ぶ。


「リ、リーダーが……」


「何だ?ケインがどうした!?」





漆黒の荒野に、更なる闇が押し寄せて来た……







《続く》