ジャックは、吹きすさぶ白い嵐の中を鬼神の形相で駆け巡っていた。
右手に自慢のショットガン、左手に青龍刀に似た幅広のサーベルを持ち暴れるジャックの姿はさながら闘神阿修羅の如し。
まさに三面六臂の活躍だった。
敵はこのイースト・ハーバーを根城に人を喰らう魔物。
雪男の様な風貌に、猪の牙、水牛の如き角を生やした巨体の怪物の群れ……。
ジャック率いる黒い狼達は、その真っ只中に切り込んで行った。
途中、人の遺体と思しき肉片と骨を見つけては更に闘志を燃やし荒れ狂う黒い稲妻達は、雪に包まれたこの白い地獄を溶かす勢いだった。
「殺せ!一匹も生かしてこの港を出すな!!」
魔物達の吹き飛ぶ死体で青黒く染まる雪と、流れ出した血で更に黒く凍り付く海……。
劣勢と見たのか、怪異な雪男達はカマクラの様な巣穴に逃げ込む。
それを勢いに任せ追い掛ける黒い軍団。
「ジャックさん!奴らぁ、逃げる気ですぜ!」
と、ジャックの一の子分ティムが言った。
「巣穴ごと吹き飛ばせ!!」
ジャック隊は、噴射泡の様なモノを用意してきた。
爆弾を括り付けた巨大な弓矢を飛ばす一種のミサイル。それを穴に向けて発射した。
凄まじい轟音と炎と共に“カマクラ”の半分が吹き飛ぶ。
白い世界に真っ黒い煙と紅蓮の炎……。
照り返しに赤く染まるジャック隊の黒い狼軍団。
「やったか……?」
見ると、人の影…いや、人ではない。
邪悪な、人に似た奇怪なる影。
雪男達の親玉と見え、甲冑の様な物を身につけ、尊厳のあるタテガミを生やしたライオンにも似た魔将がジャック達を睨み据えて居た。
手には何か緑がかった透明に光る物体を引きずっていた。
「ふふふ……黒狼隊のジャックだな。貴様達の戦いぶり。見事だ。人間にしておくのが勿体ないぞ……」
「ぬかせ!化け物が!」
有無を言わさずショットガンを発射するジャック。
だが、それを左手ですべて受け止め弾丸を手の中で砕く“ライオン”…。
「なっ?ば、馬鹿な…」
「お前達、人間如きが我ら魔族に敵うはずがないのだ……。いくら身体を鍛え、武器を使い、神に近付こうともな。精神が人間である限りは……」
言うや否や手に持っていた“モノ”をジャックに向かい投げ飛ばした。
思わず受け止めるジャック。それを見てガク然とする…。
“それ”は裸体の人間の形をしたグリーンに輝く透明のマネキンに見えたが違った。
それは
生きていた。
ジャックの腕の中で、うなだれているが呼吸をしている。
長い髪はまるでファイバーのようだ。
透き通ったゼリーの様な身体からは内臓が透けて見える。
その若い女は、ジャックの顔を凝視するが、それはもはや人間の顔ではない。
血管も神経も骨格も、すべてが透けた人間クラゲだ。
いや、身体が透けている以外はまったく普通の人間……。
「こ、こりゃあ…一体なんの真似だ……?」
震える腕で、その巨大なクリオネの様な女を抱くジャックは暗い眼で、その魔将を睨み返した。
「わからんのか……それが我らの食糧だ。我らとて“生”だけでは飽きるのでな…ちょっと加工させてもらっている。そのクリアー加減が難しいのだよ……ファッハッハハ…ッ」
哄笑する魔将。
あまりの無残な姿に息を飲むジャック以下、黒い狼達は先程の暴れぶりが嘘の様に静まり返ってしまった。
「……ジ、ジャック…」
透明の女が自分の名前を呼ぶ。
何故、俺の名を知っている……?
いや、ジャックはその女の髪と顔形に見覚えがあった。
いや、しかし…まさか…
「ジャック……あなたなのね……」
女は眼を見開いてはいたが視力をまったく無くしているようだ。
手探りでジャックの顔を撫でる。
「ま、まさか…ディアナか……?!」
更に手が震えるジャック…。
その名を聞き驚いたのはティムだった。
「ディアナさんなのか?生きていたのか……」
「ディアナ…。あの日、お前の村が魔物どもに襲われ、帰って来た俺達が見た物は焼け焦げた村と死体だけだった……ディアナ、お前もてっきり死んだものと……」
「わたし達数人は、あの時この怪物達に連れさらわれた…。そして、この巣に移され食糧として加工され、こんな姿に……」
その人間達の哀しい再会をニヤニヤと見つめる魔将。
「ああ……ディアナ…」
哀れな標本の様になってしまったかつての恋人をきつく抱きしめるジャック。
体から力が抜け出るようだった…。
「ファハッハッハッハハッ………どうだ。ジャック君。愛しい彼女との再会は。ちょっと雰囲気が変わってしまった様だが、中身は昔のままだろう!?」
「き……貴様、よくもぬけぬけと……」
怒りに燃えるジャックだったが、その変わり果てたディアナの姿を見て戦意が失われ始めていた。
「ジャックさん!やりましょう!俺はディアナさんをこんな姿にした奴らを許せない!」
他の黒狼隊と共に一斉に武器を構えるティムだが……
当の司令官ジャックが動かない。
「ジャックさん!」
(ケイン……どーすりゃあいいんだ……俺は……愛する女さえ救えなかった……)
ふいに、ジャックはケインと出会った頃を思い出していた…。
ギラつく陽光の下、まだ動いていたバイクと荒くれ者の仲間達と共に村を襲い暴れ廻っていた、あの頃……。
その日、ジャック達が行った先の村では既に“先客”が居た…。
この世の物ではない、招かざる「ゲスト」が村人を襲い虐殺の嵐を吹き起こしていた。
ヤバい空気を察知したジャック達が逃げ出す、まさにその方向からこちらに向かってくる騎馬隊が、砂塵ともに魔物達に突っ込んでゆく……。
「なんだ?こいつらぁ……!?」
魔族襲来と見れば、そのまま殺され食われるか、逃げ出すのが“人間”の常道だ。
なのにコイツラは自分達から向かってゆく……。
「頭、狂ってるんじゃねーのか?」
それが聞こえたのか、その騎馬隊のリーダーと思しき少年はこちらに顔を向けてニヤリと笑う。
「ああ、狂ってるさ!」
返事がくるとは思わなかったジャックは怯む。
「だかなぁ……狂った人間が少しはいねえと、この世は更に狂っちまうのさ!」
その闘いぶりを唖然と見つめるジャック達だった………。
(ケイン、お前はいつも勇敢だったな。どんな逆境でも涙ひとつ見せず、愚痴もこぼさず………なんで、お前はそんなに強いんだ……心が鋼で出来てるのか………??)
「ジャックさん!!」
遠くでティムが呼ぶ声が聞こえた気がした。
気がつくと周りは再び雪男達の群れに囲まれている……。
阿鼻叫喚。
司令塔が意気消沈している間に黒い狼達は先程とは逆に形勢逆転され、追われる身となっていた。
必死に応戦するティム達だが、リーダーが不在の為に統率が取れずに散り散りになっていた。
“ライオン”の狙いは見事に的中した。
人類同盟軍最強と謳われる黒い狼の群れも、統率者の心が萎えてはただの人間と変わらない。
ここには狼の牙をもがれたただの男がいるだけだった……。
ディアナを抱きしめたままうなだれるジャック。
(ケインよ……俺はもうダメかも知れねえ……
人類の解放どころじゃねぇよ…俺は、俺の心さえままならねぇんだ……)
不意に、暗い旋律が耳に届く……。
ジャック軍団のテーマソングとも言えるロシアの古い民謡“ポーリュシカ・ポーレ”だ。
誰ともなく歌いだしたらしい。
「この歌は……あなたの歌ね」
ディアナが、ジャックの腕の中で囁く。
そうだ。
これは俺達の凱歌…。
急に力が湧きだした気がした。
(ケイン…こんな時、お前はどうするんだ?)
気がつくと眼前に黒い影が立ちはだかっていた。
“ライオン”だ。
「フッフッフ……いつまでそうしている気だ。黒い狼!貴様達ももう終わりだ!どうせ、その女も元には戻らぬぞ!!」
それを聞いたジャックは、急に立ち上がる。
白い闇の中、更にポーリュシカ・ポーレが響き渡る。
「ああ……そうだな。俺もディアナももう昔には戻らない…」
「そう。そして、貴様もここで死ぬのだ!!」
鎌の様な武器を構える“ライオン”…。
「いや……」
青龍刀を抜くと、それを翻すジャック。
一閃。
“ライオン”の腕が吹き飛ぶ。
「死ぬのはてめえだ!」
落ちる、武器を持ったままの両腕。
「ぐあぁっ!!」
悲鳴を上げる“ライオン”。
剣を構えたままジャックは続ける。
「人間社会も、てめーら邪悪によってズタズタにされた。もう元には戻らんだろう…。だったらなぁ……だったら、もう一度俺達の手で新しい人間の世界を作り出すまでだ!!」
と、右脚に付けたショットガンを抜く。
轟音とともに胸に巨大な風穴が開き、青黒い血飛沫とともに倒れる“ライオン”…。
「……ば、馬鹿な……人間がそんなに強くなれるものか………ぐぐぁ…」
断末魔の声ともにうなだれ絶命する“ライオン”。
「これでいいんだろう……ケイン……」
周りから黒い狼の歓声が上がる。
ジャックの復活と共に黒い狼は息を吹き返し敵を壊滅させたのだ。
再び凱歌が響き渡る。
ジャックはディアナを自らのマントで優しく包むと馬に乗せた。
「帰ろう、ディアナ……勝利の歌と共に。人類の凱旋門をくぐろう」
ジャックとティムら黒い狼達は大勝利のまま激戦地を去る。
再び都でケイン達と落ち合う為に……。
《続く》