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小説『戦士の詩〜Warrior's Rhapsody〜』第16話「Living Eclipse」

インは、一路リーパーズ・アイランドへ向かっていた。

東方師団赤虎隊が全滅したとされる「地獄の蓋」=サンズ・オブ・イヴィルブラッド島を確認する為だ。

同行するのは西方師団紅竜隊とその隊長ガイウス・ラインハルト。

都には守備隊として、ジャックとアイリーン隊、そして負傷したモニカを残してきた。


常に行動を共にしてきたモニカと久々の別行動には不安もあったが、ガイウスや弓隊ミゲル、親衛隊ヴィンセントはその穴を埋めるのにあまりあった。

そして、さらにこの一行に加わる珍客が出現するのだ。



砂塵を巻き上げ、荒野を進む総勢5万人のケイン、ガイウスら「人類同盟軍」の姿は遠目に見ても壮観だった。


大人達は皆死んだ……残る若い猛者達だけで構成されたレジスタンス。

黄金色に輝く甲冑と長身の剣を身につけ、白いマントを羽織ったケインの姿は、さながら《荒野を翔ける若獅子》か……


一方、真っ赤なドラゴンを模った兜を被り派手な装飾の甲冑を着たガイウスは威風堂々と佇み、こちらは《天翔ける昇竜》…。



「ん?……なんだ…?」

ガイウスが前方に何かを発見した。


それは巨大な牛の首のようだった。

大人の背丈程はある。当然、魔族の物であろう。

まるで砂漠から頭だけ出して埋められている様に見えるが、明らかに死体だった。

そして、その傍に座る男がいた。


「この辺じゃあ、まだあんなのが出現してたんですな……」
言ったのはヴィンセント。


軍勢の目が、その奇怪なオブジェにくぎづけになる。

「あいつは何だ…?」


牛首の横の男はこちらを伺っている様子だ。


「威嚇射撃してみましょうか?」

ケイン隊最年少、弓隊のミゲルが申し出てきた。

華奢で可憐なルックスに黒い長髪、インディアンの様な化粧を施した顔で涼しく言った。


「明らかに怪しい奴だからな……いいだろう、やってみろよミゲル」


ケインは軍団に小休止を号令。

許しが出るや否やミゲル隊は一斉に横並びになり天に弓を構えていた。

風を切る音とともに無数の矢が牛のオブジェ目掛けて飛んでいく。


傍に居た男は、雨アラレと降り注ぐ矢の中をかい潜り、何事か叫びながらこちらへ向かってくる。

それは異様な程の偉丈夫だった。
それを見たケイン達は何処かで見た事があると思った。

「おい、アイツ……マーキュリーに似てないか?」
言ったのはガイウス。

それを受けてヴィンセントが応えた。

「いや、アックスよりもデカイかも知れませんなぁ…」



男が叫ぶ。
「ま、待てぇー!う、撃つなぁー!!……あんたら、人類同盟だろ?俺は味方だよ!」


「どうだかな……最近じゃ悪魔より人間の方が狡猾だからな……」
この皮肉もガイウス。


「お前は誰だ…?」

馬上から尋ねたのはケインだった。


見ればアックスよりも背丈のある巨人が、モヒカン頭に簡易な武装をし、右手にはやはり巨大なトマホークを持って突っ立っていた。

その姿、さながら仁王の如し。


「俺の名はジャガー・アルゴン・マーキュリーだ…俺もこの軍勢に加えてくれ!!」


「何?マーキュリー?……では!?…」


「そうだ。アックスは俺の兄貴だ。兄貴は魔物に殺られたと聞いた!頼む!仇を討たせてくれ!」


「アックスに弟がいたのか…だが、今まで何処にいた?」


「兄貴が家を出て行っちまったんで、俺が両親の面倒を見てたんだ、物騒な時代だからな…」


ケインは馬から降りると、ジャガー・アルゴンの前に立った。
そして、その偉丈夫ぶりに改めて驚いた。


「そうか。お前の気持ちはわかった。……だが、お前は何が出来る?」

ケインは射抜く様な視線で巨人を見た。

ジャガーはニヤッと笑うと先程横に立っていた牛首を指差した。

「…あの化け物牛を見ただろう?あれは俺一人で仕留めた……この戦斧でな」


「ほう………」
感嘆するガイウス。


「お前一人であのデカイ牛を倒したってのか?」

口を挟んだのはミゲルだった。


「そうよ…このバトル・アックス(戦斧)の使い方にかけてはレッド“アックス”よりもこのジャガー様の方が上手だぜ、姉ちゃん!」

その言い方にカチンと来たのはミゲル。


「姉ちゃんじゃねえ!俺は男だ!ケイン隊随一の弓の名手ミゲル・フォーチュナ様を知らねーか!」


「ほお……お前、男だったのか…すまねえな!あんまり可愛い顔してるもんでな…俺達一族にゃあいねえ顔だ」


「そりゃあ、そうだろうな……」
呆れるヴィンセント。


「いいだろう、ジャガー…我が軍に加えよう。存分に働いて兄貴の仇を討ってくれ」


「有り難い!」

ケインの手を握って軽く礼をした。


「あんたがケインだな…思ってたより若いんだな…」


「ああ、小僧でガッカリしたか?」


「いや、あんたの噂は聞いてる。その瞳を見ればどんな凄い男かはわかるぜ…」


「で、そっちの紅いのがガイウスさんだな」


「そうだ。よろしくな」


「そして、私が親衛隊筆頭ヴィンセント・ペンタンジ…」「あんたは聞いてねえよ」

軽くスルー。

ムカつくヴィンセント。
後ろの兵が笑いをこらえている。


「……で、お前が……」

と、ミゲルを見る。


「虎の弟がジャガーなんておもしれー兄弟だな」


「ああ、ミゲルちゃん!よろしく頼むぜ」


「女みてーに呼ぶんじゃねー!」
食ってかかるミゲル。


それを見たガイウスはケインに提案した。


「どうだ、ケイン…奴はミゲルの隊に入れてみては……」


「ハッハッ…そりゃー妙案だな。よし、ジャガーさんよ。お前はミゲル隊の護衛官を任命しよう。存分に働けよ!」


「ハハァー!有り難き幸せ!このジャガー・アルゴン。存分に働き、見事にミゲル様を守り抜いてみせますぞ」
と、畏まった。

兵達から笑いの渦が巻き起こる。


「なっ!?冗談だろ?ケインさん!…俺は護衛なんていらねーよ!ましてやこんな奴…」


言った刹那ミゲルの身体は宙を浮き、気がつくとジャガーの肩に乗っていた。


「わっはっはっは!遠慮するな、ミゲルちゃん!!」


「そ、その言い方はやめろー!!降ろせよー!くそっ、あんたジャガーじゃなくてキングコングみてーだ!」


「名コンビ誕生だな」


「そうだな…ふふ…」


「よし、そろそろ出発するぞ」

ガイウスは全軍に再び号令をかけた。

「出発だ!!」


再び行軍が始まる…。








一方、ケインの目指す死屍累々の《地獄の蓋》こと、サンズ・オブ・イヴィルブラッド島では再び異変が起きていた…。


例の黒い鳥…ガーゴイル達が一斉に飛び立ったのだ。

天を黒く埋め尽くす邪悪な影。

前は自らの陣地を荒らすよそ者を攻撃したに過ぎない魔物どもが、今度は自らの巣穴から出て外の世界へ……


それは、恵みをもたらす陽光さえも遮る。

さながら生きた日蝕の群れだった…






《続く》

小説『戦士の詩〜Warrior's Rhapsody〜』第15話「Return in triumph」

を抜けると、荒野の地平線が見えてくる。


その砂塵の向こうに微かに蜃気楼の如く街の姿が霞む。

いよいよ我が家に到着だ。


アイリーン率いるチェリー隊と、その後に続く真紅の軍団・紅竜隊ガイウスの部隊は道中、魔物の襲撃もなく無事に都にたどり着いた。


「あれが、ニュー・ヴィレッジ・タウンか……。なるほど、かなり再建してきた様だな」


ガイウスは隣のアイリーンに尋ねたが、当のアイリーンは全く聞いてなかった。


(もうすぐケインと会える……無事だろうか…)

アイリーンはそんな事を考えながら黙々と馬を走らせていた。


ガイウスの傍にはアイリーンの副官であるマキ・ブルームが、この長身の金髪碧眼の紅い男にベッタリと寄り添っていた。


ふと、砂塵の向こうから合唱が聞こえてくる。

耳慣れた旋律。


これは、黒い軍団のテーマ。

そう“ポーリュシカ・ポーレ”だ。


アイリーンやガイウス達から向かって左の方角から、黒い狼の群れが行進してくる。


黒狼隊も、ほぼ同時に都に到着したようだ。


「これはこれは……黒い狼軍団とジャックの旦那のご帰還だ」
と、ガイウス。


ジャック達もアイリーンと紅い軍団に気付いたようで、ティムが愛想よく手を振っている。

それに応えるアイリーンとマキ達。


だが、一人ジャックだけは暗い顔だ。よく見るとジャックの前に誰か乗っている。

アイリーンは、騎馬で黒い軍団に駆け寄る。


「ハ〜イ♪ジャック!!無事、凱旋だね。そっちは激戦だったみたいじゃん」


「よおっ…アイリーン、お前も元気そうだな…」


ふと、アイリーンはジャックの抱くケープの下からのぞく“それ”を見てしまった……。


「!?……な、なんだよ……そりゃあ…ま、魔族か?」

それを聞いたジャックはアイリーンの胸元を激しく掴む。

胸元と言っても半裸にブラの様な胸当てだけなので首に下がるネックレスを掴んだだけだが…。


「もう一度、そんな口をきいてみろ!女だろーがアイリーンだろーがぶっ殺す!!

その迫力にたじたじになったアイリーン。


「わ、わかったよ…」

その様子を遠目に見ていたガイウスとマキは異変に気付いた。


「なんだ?何かあったのか?」


「ジャックがアイリーンにあんな態度見せるなんて珍しいですね」


ジャックは、感情的になっていた自分に気付いた。


「ああ…悪かったアイリーン…これは……後でゆっくり話す」


「う、うん…それは誰なんだい?」


そこへ割って入るティム。
アイリーンを馬ごと引っ張ってゆく。


「アイリーンさん…ちょっと…」

軍団から少し離れる。


「な、何?何?何があったのさ?」


「ジャック兄ィは戦で疲れてるんでさ……」


「ジャックが抱いてるアレは何なんだよ?」


「あれは……」

ひと呼吸置き、天を見上げてからティムはぽつりと答えた。



「あれは…ディアナさんでさ……」


「ディア……」


アイリーンはそれ以上聞かなかった。

戦場において何が起きたかを摘んでティムは話し、それ以上の事も言わなかった。


ともかく両軍は都の前で合流した。



「黒い狼君、しばらくぶりだな…ええっ?」


「相変わらず派手な奴だなぁ…ガイウス隊長様よぉ…」

ガイウスは、ジャックが抱く女の事など気にせず話し掛けた。


「お前こそ、真っ黒で地味だなぁ…はっはっはっ…」


「なんで、てめーがアイリーンと一緒に居るんだ?西の都は大丈夫なのか?」


「西の都は弟ブルートゥースがいるよ」


「ああ、アイツか…あの陰気な奴な」


「お前ほど暗くはないよ…俺はこっちに用があって来たんだ。最近、レッド・アックスも来たらしいじゃないか」


「ああ…すぐ東の陣地に帰ったけどな。それがどうかしたのか?」


「もしかしたら、もうヤバい事になってるかもな……」


「なんだ?何かあるのか?」


「ま、詳しい話はケインに会ってからだ」


「そうだな。まずは都に凱旋しよう……」




一方、軍団の帰還を待つ都ニュー・ヴィレッジ・タウンでは、ケインやジャック達の勝利の報せを聞き親衛隊筆頭ヴィンセント以下『人類同盟』も、住民達も待ち侘びていた。

物見の兵から報せが届く。


「隊長、どうやら黒狼隊とチェリー隊の凱旋のようです」


「おおっ帰って来たか」


「……それと、あの紅いのは…あれは紅竜隊?」


「何?なんでガイウスまで来たんだ?」


「ともかく皆を迎えましょう!」


「そうだな」


三軍が都に帰還し、同盟軍や人々は沸き返った。


「人類同盟万歳!人類同盟万歳!!」


歓喜の声が都に響き渡る。ジャックやアイリーン、ガイウス隊は人々に万歳と拍手をもって出迎えられ、ジャックらはそれに応えていた。

後はケイン本隊を待つだけだ。



しかし、そこに来たのはケインではなく血まみれの男だった……。






空気が固まる。


今までの歓喜が嘘の様に止む。
炎天下の蝉の声がにわか雨に止む様に。


男は徒歩で静かに軍団の後からぽつりぽつり、地を踏み締める様に入ってきた。

全身まるで真っ赤な甲冑をつけた様に赤い……。

しかし、それは恐らく同朋の返り血だろう。

そして、異様なのは左腕肘からと右の指がそれぞれ欠けていた。もはや、出血もないらしい。


男は東部師団赤虎隊マーキュリーの副官のカルロスらしい。

らしい、と言うのはもはや顔も左眼も潰れ人相すら判別出来ない様な有様だったからだ。


ジャックが駆け寄り、カルロスを抱える。

「お、お前…カルロスだな……どうした!?一体何があった!?おい!誰か水を持ってこい!」


「……う、う……ジャック隊長……ここは都ですか…」


「ああ、そうだ、ニュー・ヴィレッジ・タウンだよ…」


「やられた…黒い鳥に…みんな死んだ…アックス隊長もギリアムも…」


「何だと!?それはどーゆー事だ!おいっカルロス、しっかりしろ!黒い鳥ってなんだ?」


アイリーンが持ってきた水を飲むカルロス。


「じ…地獄…地獄の蓋が…ぐ、ぐふっ」

激しく咳込むとカルロスはそのまま絶命した。


「おい!カルロス!……カル……」


「悪い予感が当たったようだな…」
ガイウスが呟く。


「地獄の蓋だと……!?」


カルロスの無惨な遺体を抱き愕然としているジャック。


そこへ、再び歓声が響いた。
ケインが帰って来た。


朝焼けの逆光の中、モニカを馬に乗せたケインが帰還する。


「待たせたな、みんな……」


「ケイン!」


先陣きって駆け寄ったのは、やはりアイリーンだった。


「会いたかったよ、ケイン!!」

馬上で毛布に包まれたモニカを訝しく見つめながらアイリーンはケインに激しくハグした。


「ただいま、アイリーン!!怪我はないか?」


「ケイン、久しいな…」


「よう、ガイウス…どうしたんだ?」


ケインがガイウスと軽く挨拶を交わす。
ふと視線を外した先にはジャックが抱くカルロスの無惨な遺体があった。

それを見てケインはすべて悟った。


「地獄の蓋が開いた…」


口を開いたのは馬上のモニカだった。


「東で何があった…」


「ケイン!!」


カルロスの遺体を静かに下ろし、詰め寄るジャック。


「還った早々、言いたかねーがご覧の通りみたいだぜ…ケイン…」


「東部師団は全滅らしいな…」
と、ガイウス。


「何だって?アックス隊長が死んだっての?」

と、アイリーンが馬の方に走って行く。

それを叱咤するモニカ。

「何処に行こうってんだい?アイリーン!!」


「決まってんだろ!東の陣地さ!魔物が居るんだろ!アックス隊長の仇を討つんだよ!!」


「迂闊な真似をするんじゃないよ、小娘!!」


モニカの思いも寄らぬ罵声に、ショックで固まるアイリーンは涙を滲ませながら馬を下りる。

それを見たマキが優しく肩を抱く。


「そうだ…アイリーン、下手に動くな……地獄の蓋が開いたのが本当ならば何が起こるかわからん……勝手な行動は皆の命にも関わる…」


「わ、わかったよ…ケイン…」


「ガイウス、お前何か知ってるな…?」

急に話をふられてケインの勘の鋭さに改めて感心したガイウス。


「ああ…俺はそれで来たんだ…」


 朝焼けの中…まだ空は光り輝くと言うのに、都では暗黒雲が光を遮る様に暗澹と静まり返った空気が支配しようとしていた……。






《続く》

小説『戦士の詩〜Warrior's Rhapsody〜』第14話「KAMIKAZE」

インは魔剣を背に、モニカの前に立っていた。


「やはり、行くのか…」


モニカ以下、志願兵が背にハングライダーの様な物を背負っている。

総勢300名の特別攻撃部隊…。

その心配するケインを見て、モニカは呆れつつ叱咤する。


「呆れた甘ちゃんだね。あんたって子は…!今更どーすんのさ。この役目はあたししか出来ない。反対するんなら、もうここに帰ってこないよ!」


歳は若いとは言え、ケインはこの巨大な軍団の総司令官である。
その男に向かって「甘ちゃん」とは。
モニカが「年上女房の姐御」と呼ばれる由縁だ。


「わかった。モニカ、武運を祈る…」


「じゃ、行ってくるよ!」

ちょっとその辺を散歩にでも行く様にそう告げるとモニカのハングライダー部隊はそこを飛び立つ。

上昇はジェット噴射。

後は気流に乗り、そのまま魔物の陣取るクリスタル・マウンテンへ。


モニカが発案した作戦。それは即ち特攻である。


外からの攻撃が無効ならば、敵の陣地に直接殴り込みをかける。

しかし、その攻撃部隊はあまりにも危険なもので言わば決死隊だ。

生きて帰れる保証などない。そんな役目は大将にやらせる訳にはいかない。
かと言って、一介の兵では作戦に支障が出る可能性もある。

ここは、モニカ・クラスの兵が行くしかないのだ。


「死ぬなよモニカ……
死ぬなーー!!


普段は寡黙でクールなケインは、この時ばかりは激高した。

その姿を見て驚く親衛隊サドラーや、ミゲル達。


ケインは踵を返し、そのまま幕舎に閉じ篭る。

(俺は……俺は一体何をやってるんだ!!……こんな時に何も出来ないのか!ただ部下に危険な命令を出すだけなのか?)

暗い幕舎の中で頭を抱えうずくまるケインだった……。


ケインとて、ジャックが思う程強い男ではない。

アイリーンが慕う程のカリスマではない。

素質はあれど、その表面化した物は「英雄の仮面」である。


何故、こんな普通の少年がこんな過酷な使命に耐えねばならぬのか……。

それは、このケインが背負っている巨大な剣そのものが、まさにケインの十字架となっているのだろう…。






空中から魔物が棲む山々を見下ろすモニカ達特攻隊。
風を受けブロンドの長い髪とアオザイが靡く…。

「いい景色……これが戦じゃなかったら楽しいんだけどね……」


「モニカさん、あれを……」

すぐ横に飛ぶ兵が下を指差す先に、気味の悪い生物達が居た…。


それは巨大な百足の様な魔族。

その周りには烏天狗の様なクチバシと羽根を持った幾百もの軍団が群れていた。


「あは♪…いるわいるわ…!お前達、準備はいいかい!?」


「いつでもOKでさぁ!」


「よぉーし!やっちまいなー!!」


奇襲。

上空からグレネード・ランチャーを発射するモニカ部隊。


黒い爆炎。

飛び散る肉片と血飛沫。

突然の空襲で慌てふためく魔族達。

飛び立つ烏天狗。

300人のモニカ部隊に群がってくる。

それをボウガンや剣で叩き落とすモニカ部隊。


圧倒している。

人間は空中戦では本領は発揮出来ない。

むしろ魔物の方が有利のはずだ。

だが、この天空より舞い降りた怒りの天使達の前に魔族は苦戦していた。


「行くよ!あのデカブツを叩くんだ!」

モニカは一人山頂へ降りて行く。


「姐さん!危険ですぜ!」

追う兵だが、烏天狗に邪魔される。


「くそっ!コイツラ次々湧いてきやがる!」

剣で応戦するので手一杯だ。



モニカは、巨大な百足の前に飛び降りた。



「あんたがこの山の主ってわけね……」


「グロロ…」

不気味な唸り声。
ガサガサと言う数百もの脚が蠢く音…。

奇怪な山の主は振り返った。
ヌメヌメと照り返す赤と黒のストライプ模様、生理的嫌悪をもよおす蛇腹、そして無数の脚。

数十も連なる丸く赤い眼、クワガタの様な顎の中央には鬼面の如く突起物があり、それが余計に奇怪さを発していた……。


それが、黒い岩肌を我が玉座とばかりに鎮座したまま、モニカの方を見つめる。


「……ナんダッ?小娘でワないカ!貴様が将かぁっ!?」



「あたしはケイン隊参謀モニカ・フラゼッタだ!覚えときな!!」

と、バズーカを構える。


「ほう……貴様一人で乗り込んでキタノカ……勇気は誉めてヤロう……だが、今に隣の山々からワがマ族の援軍がヤッてくるぞ……貴様達は挟み撃ちダ…」


「残念ながら援軍は来ないよ!……今頃、本隊が隣からの援軍を迎撃してる頃さ!」




麓では親衛隊とミゲル隊が、まさに敵を迎え撃っていた。

蛇や蜥蜴の様なグロテスクな魔物達はミゲルの一斉射撃の前で足止めを喰らっていた。


「やるな…ミゲル」

騎馬からサドラーに言うケイン。


「ハッ!さすがです。あれでは奴ら山に入れませんね!」


「そうだな…」

ケイン独特のニヤリッと言う笑みをサドラーに向けると、ポンッと肩を叩く。


「じゃっ…後は頼んだぜ、サドラー君」

ケインは馬の脇腹を蹴ると一直線に山を駆け登って行ってしまった。


「なっ!?リーダー?ケインさん、何処へ!?」


上からケインの声。

「聞くだけ野暮だぜ、サドラー君よ!思し召せよ!!」


「思し召せ…って……」





一方、山頂では大百足とモニカが睨めっこしていた。


「小娘……貴様一人で我輩に勝てルと思ってイルノカ………??」


「やってみなくちゃわかんないでしょ!!」


轟音と共にバズーカを発射するモニカ。
爆音。百足の脚に命中。


「うグああ……」


「効いたかい?」

だが………正面はモニカを向いたまま百足は巨大な腹を捻りモニカを弾き飛ばす。

「あぐっ」


全身を強く打ち、そのまま岩肌に激突するモニカの身体。
倒れ、バズーカもひしゃげる。

「ぐハははは……わざわざ喰われにキタノカ……小娘……弱い、弱すぎるぞ…」


全くの無傷。

モニカはピストルを構え連射するも、やはり百足には効かないらしい。

今度は剣を抜き、百足の顎の近くを斬ろうとするが逆に剣が折れる。


「あぁっ!?」


「無駄ムだ無駄むダ!!……我が装甲にソんナ攻撃ナド効かぬ効かヌ!」

触手でモニカの腕を絡め取る……。


「グふふ……美味ソうだナ……我輩は若イ娘の肉が大好きナンだ……」

モニカは観念したのか、抵抗をやめた。


「ふん…わかったよ…好きにすりゃあいいさ…」


折れた剣を投げ捨てるモニカ。

大百足の顎がモニカの服を切り裂いてゆく…。

上半身は完全に露になった。
だが、せめて刺し違える気か。手には小型爆弾を隠し持っていた。

(…ケイン……もう、あんたとは生きて逢えないかも知れないけど、あたしの事忘れないでくれよ………。大好きだったよ……)


ほぼ全裸にされたモニカの眼から涙が溢れる…。

だが気丈にも悲鳴すらあげない。それがモニカらしかった。


「いただきマース」

大百足が巨大な顎を開いた瞬間……角が生えた。


「!?」



いや、角ではない。

顎に突き刺さる長大な剣。
黄金色に輝く“それ”は、敢然と魔物の頭を貫通していた。



「なんとか間に合ったか……」

ケインだった。

モニカの危機に居ても立ってもいられず、一人駆け付けたのだ。

何が起こったか解らないまま、百足の顎から突き出るケインの剣を見つめるモニカはそこにへたりこむ。

「バ…馬鹿なッ!?人間の武器が我輩に通用するワケがナイっ!!」

数十の眼がその剣を見つめる。


「ぐっガが……こ、この紋章は……貴様ハ一体……何故、この剣を人間が持ってイル……??」


ケインは脱兎の如く駆け寄ると叫ぶ。

「そんな事知るか!!」

と、その剣を抜き、再び返す刀で百足の首を斬り落とすケイン。


「グギやャアあ〜〜!!」

首と身体が別々にのたうちまわる。
青黒い鮮血が辺りに飛び散る。


やがて完全に絶命した……



ケインは、モニカの手を取り立ち上がらせる。

「大丈夫か?怪我はないか?」


「ケイン……」

いきなり抱き着くモニカ。
ケインは自らのマントをモニカに被せた。口づけを交わす二人。

「お前は俺の大事な女だ。死なせる訳にはいかん!」


戦いは終わった。


各山々を分断した迎撃作戦は戦果をあげた。

硫黄の臭い漂う山々は魔物の死骸で覆われていた……。

人類同盟、“苦肉の策”は功を奏したのだ。






《続く》

小説『戦士の詩〜Warrior's Rhapsody〜』第13話「disperato」

ャックは、吹きすさぶ白い嵐の中を鬼神の形相で駆け巡っていた。


右手に自慢のショットガン、左手に青龍刀に似た幅広のサーベルを持ち暴れるジャックの姿はさながら闘神阿修羅の如し。
まさに三面六臂の活躍だった。


敵はこのイースト・ハーバーを根城に人を喰らう魔物。
雪男の様な風貌に、猪の牙、水牛の如き角を生やした巨体の怪物の群れ……。
ジャック率いる黒い狼達は、その真っ只中に切り込んで行った。

途中、人の遺体と思しき肉片と骨を見つけては更に闘志を燃やし荒れ狂う黒い稲妻達は、雪に包まれたこの白い地獄を溶かす勢いだった。


「殺せ!一匹も生かしてこの港を出すな!!」


魔物達の吹き飛ぶ死体で青黒く染まる雪と、流れ出した血で更に黒く凍り付く海……。

劣勢と見たのか、怪異な雪男達はカマクラの様な巣穴に逃げ込む。
それを勢いに任せ追い掛ける黒い軍団。


「ジャックさん!奴らぁ、逃げる気ですぜ!」

と、ジャックの一の子分ティムが言った。


「巣穴ごと吹き飛ばせ!!」

ジャック隊は、噴射泡の様なモノを用意してきた。
爆弾を括り付けた巨大な弓矢を飛ばす一種のミサイル。それを穴に向けて発射した。


凄まじい轟音と炎と共に“カマクラ”の半分が吹き飛ぶ。

白い世界に真っ黒い煙と紅蓮の炎……。
照り返しに赤く染まるジャック隊の黒い狼軍団。


「やったか……?」

見ると、人の影…いや、人ではない。
邪悪な、人に似た奇怪なる影。

雪男達の親玉と見え、甲冑の様な物を身につけ、尊厳のあるタテガミを生やしたライオンにも似た魔将がジャック達を睨み据えて居た。

手には何か緑がかった透明に光る物体を引きずっていた。


「ふふふ……黒狼隊のジャックだな。貴様達の戦いぶり。見事だ。人間にしておくのが勿体ないぞ……」


「ぬかせ!化け物が!」

有無を言わさずショットガンを発射するジャック。
だが、それを左手ですべて受け止め弾丸を手の中で砕く“ライオン”…。


「なっ?ば、馬鹿な…」


「お前達、人間如きが我ら魔族に敵うはずがないのだ……。いくら身体を鍛え、武器を使い、神に近付こうともな。精神が人間である限りは……」

言うや否や手に持っていた“モノ”をジャックに向かい投げ飛ばした。

思わず受け止めるジャック。それを見てガク然とする…。


“それ”は裸体の人間の形をしたグリーンに輝く透明のマネキンに見えたが違った。


それは生きていた。


ジャックの腕の中で、うなだれているが呼吸をしている。
長い髪はまるでファイバーのようだ。
透き通ったゼリーの様な身体からは内臓が透けて見える。

その若い女は、ジャックの顔を凝視するが、それはもはや人間の顔ではない。
血管も神経も骨格も、すべてが透けた人間クラゲだ。

いや、身体が透けている以外はまったく普通の人間……。


「こ、こりゃあ…一体なんの真似だ……?」

震える腕で、その巨大なクリオネの様な女を抱くジャックは暗い眼で、その魔将を睨み返した。


「わからんのか……それが我らの食糧だ。我らとて“生”だけでは飽きるのでな…ちょっと加工させてもらっている。そのクリアー加減が難しいのだよ……ファッハッハハ…ッ」

哄笑する魔将。

あまりの無残な姿に息を飲むジャック以下、黒い狼達は先程の暴れぶりが嘘の様に静まり返ってしまった。


「……ジ、ジャック…」

透明の女が自分の名前を呼ぶ。

何故、俺の名を知っている……?

いや、ジャックはその女の髪と顔形に見覚えがあった。

いや、しかし…まさか…


「ジャック……あなたなのね……」

女は眼を見開いてはいたが視力をまったく無くしているようだ。

手探りでジャックの顔を撫でる。


「ま、まさか…ディアナか……?!」

更に手が震えるジャック…。
その名を聞き驚いたのはティムだった。

「ディアナさんなのか?生きていたのか……」



「ディアナ…。あの日、お前の村が魔物どもに襲われ、帰って来た俺達が見た物は焼け焦げた村と死体だけだった……ディアナ、お前もてっきり死んだものと……」


「わたし達数人は、あの時この怪物達に連れさらわれた…。そして、この巣に移され食糧として加工され、こんな姿に……」


その人間達の哀しい再会をニヤニヤと見つめる魔将。


「ああ……ディアナ…」


哀れな標本の様になってしまったかつての恋人をきつく抱きしめるジャック。
体から力が抜け出るようだった…。


「ファハッハッハッハハッ………どうだ。ジャック君。愛しい彼女との再会は。ちょっと雰囲気が変わってしまった様だが、中身は昔のままだろう!?」


「き……貴様、よくもぬけぬけと……」

怒りに燃えるジャックだったが、その変わり果てたディアナの姿を見て戦意が失われ始めていた。


「ジャックさん!やりましょう!俺はディアナさんをこんな姿にした奴らを許せない!」

他の黒狼隊と共に一斉に武器を構えるティムだが……

当の司令官ジャックが動かない。


「ジャックさん!」


(ケイン……どーすりゃあいいんだ……俺は……愛する女さえ救えなかった……)


ふいに、ジャックはケインと出会った頃を思い出していた…。

ギラつく陽光の下、まだ動いていたバイクと荒くれ者の仲間達と共に村を襲い暴れ廻っていた、あの頃……。


その日、ジャック達が行った先の村では既に“先客”が居た…。

この世の物ではない、招かざる「ゲスト」が村人を襲い虐殺の嵐を吹き起こしていた。

ヤバい空気を察知したジャック達が逃げ出す、まさにその方向からこちらに向かってくる騎馬隊が、砂塵ともに魔物達に突っ込んでゆく……。


「なんだ?こいつらぁ……!?」

魔族襲来と見れば、そのまま殺され食われるか、逃げ出すのが“人間”の常道だ。
なのにコイツラは自分達から向かってゆく……。


「頭、狂ってるんじゃねーのか?」

それが聞こえたのか、その騎馬隊のリーダーと思しき少年はこちらに顔を向けてニヤリと笑う。

「ああ、狂ってるさ!」


返事がくるとは思わなかったジャックは怯む。


「だかなぁ……狂った人間が少しはいねえと、この世は更に狂っちまうのさ!」

その闘いぶりを唖然と見つめるジャック達だった………。


(ケイン、お前はいつも勇敢だったな。どんな逆境でも涙ひとつ見せず、愚痴もこぼさず………なんで、お前はそんなに強いんだ……心が鋼で出来てるのか………??)


「ジャックさん!!」

遠くでティムが呼ぶ声が聞こえた気がした。

気がつくと周りは再び雪男達の群れに囲まれている……。

阿鼻叫喚。

司令塔が意気消沈している間に黒い狼達は先程とは逆に形勢逆転され、追われる身となっていた。

必死に応戦するティム達だが、リーダーが不在の為に統率が取れずに散り散りになっていた。

“ライオン”の狙いは見事に的中した。

人類同盟軍最強と謳われる黒い狼の群れも、統率者の心が萎えてはただの人間と変わらない。

ここには狼の牙をもがれたただの男がいるだけだった……。


ディアナを抱きしめたままうなだれるジャック。


(ケインよ……俺はもうダメかも知れねえ……
人類の解放どころじゃねぇよ…俺は、俺の心さえままならねぇんだ……)

不意に、暗い旋律が耳に届く……。

ジャック軍団のテーマソングとも言えるロシアの古い民謡“ポーリュシカ・ポーレ”だ。

誰ともなく歌いだしたらしい。


「この歌は……あなたの歌ね」

ディアナが、ジャックの腕の中で囁く。

そうだ。

これは俺達の凱歌…。

急に力が湧きだした気がした。


(ケイン…こんな時、お前はどうするんだ?)


気がつくと眼前に黒い影が立ちはだかっていた。

“ライオン”だ。

「フッフッフ……いつまでそうしている気だ。黒い狼!貴様達ももう終わりだ!どうせ、その女も元には戻らぬぞ!!」


それを聞いたジャックは、急に立ち上がる。

白い闇の中、更にポーリュシカ・ポーレが響き渡る。


「ああ……そうだな。俺もディアナももう昔には戻らない…」


「そう。そして、貴様もここで死ぬのだ!!」


鎌の様な武器を構える“ライオン”…。


「いや……」

青龍刀を抜くと、それを翻すジャック。

一閃。

“ライオン”の腕が吹き飛ぶ。


「死ぬのはてめえだ!」


落ちる、武器を持ったままの両腕。


「ぐあぁっ!!」

悲鳴を上げる“ライオン”。
剣を構えたままジャックは続ける。


「人間社会も、てめーら邪悪によってズタズタにされた。もう元には戻らんだろう…。だったらなぁ……だったら、もう一度俺達の手で新しい人間の世界を作り出すまでだ!!」

と、右脚に付けたショットガンを抜く。

轟音とともに胸に巨大な風穴が開き、青黒い血飛沫とともに倒れる“ライオン”…。


「……ば、馬鹿な……人間がそんなに強くなれるものか………ぐぐぁ…」


断末魔の声ともにうなだれ絶命する“ライオン”。


「これでいいんだろう……ケイン……」


周りから黒い狼の歓声が上がる。

ジャックの復活と共に黒い狼は息を吹き返し敵を壊滅させたのだ。

再び凱歌が響き渡る。


ジャックはディアナを自らのマントで優しく包むと馬に乗せた。


「帰ろう、ディアナ……勝利の歌と共に。人類の凱旋門をくぐろう」



ジャックとティムら黒い狼達は大勝利のまま激戦地を去る。

再び都でケイン達と落ち合う為に……。






《続く》

小説『戦士の詩〜Warrior's Rhapsody〜』第12話「Sword of The Sun」

黄の臭いが充満する地にケイン隊の幕舎はあった。

ようやくいつものアオザイ風のコスチュームを着込んだモニカは先ほどから宙を見つめながら思案中だ。

左手で頬杖をつき、右手でお茶が入ったカップを持ってるが思案に夢中で今にもこぼれそうだ。

ケインはそれを見ながら手持ち無沙汰のまま己の剣を扇子の様にパタパタと動かしている。

幕舎には二人きり。
その音だけが響いていた。
ようやく音に気付いたモニカが叫んだ。

「ちょっと!あんた、うるさいよ!」


まさか自分が怒られるとは思ってなかったケインは驚いて剣の動きを止めた。

「ああ……悪かった。てか、モニカ。“あんた”はやめようよ。ここには兵も居る事だし…」


「……………………」


聞いていないようだ。
外からは見張りの兵のクスクス笑う声が聞こえた。



「……やっぱりアレしかないか……」

ようやく何か名案が浮かんだ様でモニカは席を近付けてくる。
いや、そのまま身体を密着させてきた。
そしてケインの耳元で何か囁く。

まるでキスでもしている様な姿勢になった。


そこへ、タイミング悪く親衛隊サドラーが入って来た。


「リーダー!!……うっ……し、失礼致しました!」


密着する二人の姿を見て驚いたサドラーは去ろうとする。

「ま、待て!何だ、サドラー」

と、モニカを退かす。

しかしモニカはまだケインの首に腕を絡ませたまま離れようとしない。


「はっ…報告します!山中に動きがありました。魔物達が山を降り始めたようです!!」


「何?……よし、ミゲル隊に牽制させろ!!」

ミゲル隊とは、ケイン隊屈指の弓矢隊の事だ。


「ほらね…魔物達は山を降りるって言ったろ………うふふ」

言うと、そのままモニカはケインの頬にキスをした。
それを見て唖然としているサドラー。ケインは少し照れながらも何事もないように言う。


「俺達もすぐに行く!先に行っててくれ」


「ハッ」


幕舎を去るサドラー。

それを見届けるとケインは振り返る。
そして、瞳を潤ませたモニカの唇にキスを返した。


「ん…………」


感極まりケインに抱き着くモニカ……。


そのままの姿勢で二人は椅子に倒れ込み、モニカは服を少しずらした。
ケインは問う。


「………ホントにその作戦しかないんだな……」


「………ないね。それをやらないのなら、この一帯の山々を魔物達にくれてやるがいいさ…」


「ああ………」

ケインは頭を抱える。


「しっかりしなよ、ケイン!あんたはその決断が出来ないリーダーじゃないだろ!!」


ケインは、モニカの瞳を凝視していた。
再び唇を重ね合う二人……。





やがて、夜が明けた。



ケインとモニカは、今まで何度も苛酷な戦場を渡り歩き、生死を共にしてきた。

いつどこで死が訪れるかも知れない戦場において寝食を共にした男と女ならば、普通に有り得る事。二人の間に今まで何もなかった訳ではない。


しかし、昨晩のモニカの情熱的な…いや、情念とも言える態度は尋常ではなかった。

(あの作戦のせいか………)


ふと考え、しかし考えていただけでは何も変わらない事を熟知しているこの若きカリスマは、直ぐさま作戦を開始した。


『囮』と言う名の作戦を……。





今、ケイン達が居るクリスタル・マウンテンを一番の拠点とすれば、隣の山々……すなわち、メノウ・マウンテンとサファイア・マウンテンは二番三番目の拠点。


もし、このクリスタル・マウンテンを攻め込んだところで戦いの最中に隣の山々から援軍がやってきて挟み撃ちに遭う。

迂闊に手が出せない難攻不落の地なのだ。


しかし、ケイン隊は打って出た。
今更、後に引く訳には行かないのだ。


先程、山から降りた魔族と一合戦あった。魔物と言えども腹は減る。

“食糧”が麓に陣取っているのだ。それを喰らいに多少の危険を冒してでもやってくる。

それを迎撃したのは、ケイン隊随一のミゲル・フォーチュナ率いる弓矢部隊。

ミゲルは、ケインより年下の、いや『人類同盟』最年少のまだ14歳。

黒髪を靡かせ、まだあどけなさを残す面立ちは少年と言うより少女の様で、それが戦の時にはその美しい姿からは想像も出来ない様な鬼神ぶりを発揮する。

人は見かけとは相反するものなのだ。


それは、ケインとて同じ事。

一見、何処にでも居そうな少年兵。
しかし、瞳には龍や虎にも似た炎を宿し、口を開けば人を惑わす。そして、その軍略は神にも通じる。


更に一際ケインをアンバランスな異様に魅せていたのはその剣………。

太陽剣と呼ばれる巨大な黄金色の剣。


刃と鞘に“太陽”を象った絵が描かれていた。


ケインすらも出自は不明な伝家の宝刀…。

ケインの家系は特に王侯貴族の類いではない。
ましてや騎士やサムライでもない。

地上に災いが振り撒かれて、こんな時代になるまでは普通の家庭に育った普通の少年だった。


しかし、ある日ケインは自分の家の蔵にあったこの剣を見てから戦う決意を持った。


何故、こんな剣が自分の家に?


この剣は何なのか?

それは今となっては知る由もない。

父は幼い日に死に別れ、母は魔族の襲来時に死んだ……。


唯一残された「肉親」とも言えるのが、この剣なのだ。

そして、更に不思議な事にケインはこの剣の材質が魔物達の攻撃を受け付けない事を知り、材質を調べ同じ物を作り出した…。

いや、それは正確には同じ物ではなく「盾」………。

そう、アイリーンらギャル軍団が使う、あの盾を自分の剣から作り出したのだ。



“魔物の攻撃を防ぐ魔剣”



それは一体何なのか…?


王者の持つ聖剣か、はたまた悪魔が作った呪いと災いの妖刀なのか………


それは、ケイン自身も知らない。






《続く》
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