暗闇の向こう側には更なる暗黒が続く……ただひたすら闇の中、深海魚の様な光だけが浮かぶ世界…。


ケインは訳もわからず、この闇に放り込まれた。

まだ、手には武器があるだけでもマシだった。


(ここは……一体、何処なんだ……ガイウス達は何処へ行った?無事なのか?そして、俺は…)


またクスクスと卑下するかの様な笑い声が闇の中から響く。



誰かいる。

こんな闇の中で笑う奴らは………


そして……

記憶が少しずつ戻ってきたケインは、自分があのガーゴイル達に捕まった事を思い出しつつあった。

一瞬の隙…真っ黒い壁に包まれた瞬間、次に気付いた時にはここに居た……。


もし、俺が連中に捕まり、巣に放り込まれたとしたら……何故、奴らは俺を殺さない?


俺は奴らの仲間に抵抗し、さんざん殺し続けた軍団の長だぞ?

俺を憎悪しているはずだ……。



…………人質?

この俺が?


魔族侵攻に抵抗するレジスタンスの蜂起者の俺が…取引の道具にされる?

「フッフッ……なるほどな…奴らもバカじゃないわけだ……」


太陽剣を逆手に構えた。

奴らに利用されて仲間を裏切る様な真似をするぐらいならここで自ら死んでやろう。


独りぼっちの暗闇の中、ケインは思った。


眼をつぶるとモニカの顔と肢体が瞼に浮かぶ。

アイリーンやジャック達と出会った頃を思い出す。
ガイウスと闘いを始めた頃を思い出す……。


「………短い人生だったが、人の3倍は生きたみたいな気分だな……はっはっはっ……」

気が狂った様に独り言を言いながら嘲笑する。
ケインの笑い声が闇の中に響き渡る……。


「なぁ、モニカ……悪いが先に行くぜ」


クワッ!と眼を見開くと切腹する様に剣を自らの心臓に向けて刺す……


その刹那、


「何をする気だ……」


闇の底からケモノじみた声が響く。

人間の言葉を話しているが、まるで感情など無いような……昆虫の様なアクセントのような口調で。


ケインは、死ぬ気でいたがその声に剣を止めた。


「……誰だ?」


声は闇の奥深くから聞こえる様で、逆に間近にいるような錯覚を覚える。
いや……まるで、闇そのものが語りかけてきた様な……。


「…お前の敵だ…」



巨大な鯨がモノを言えばこんな声になるのだろうか……
その声の主は明らかに“巨大な”イメージそのものだった。


「…貴様がケインだな…」


「ああ、そうだよ…俺はケインさ。やっぱり俺だと分かってるわけね」

闇は応えない。


「何か言えよ…それとも、俺なんぞに応える必要はないってか?」


またクスクスと言う闇の嘲笑が周りから聞こえる。


そして、突然眼の前にイメージが現れた。


巨大な魔獣に跨がる巨大な悪鬼……人間の10倍はあろうかと言う体躯の巨人がいきなりケインの前に出現した。

それはケインを睥睨するかの様に頭上から見下ろしていた。


黒い兜と鎧に身を固めた武神の様な姿……そして、その周りにあのガーゴイルズを従えて…。

瞳は燃える炎の様に赤く、青みがかった肌はこの世のものではない事を現し、人と狼を足した様な風貌。
巨大な2本の角。
そして、身体中から燐の様な光を発していた……

その姿はまさに“魔王”……


「なるほどな……いよいよ大将同士の話し合いって訳かい?」


「……わざわざ汝からやってくるとはな……」


「好き好んでこんな所へ来るかい!ちょっと訳ありでな……ホントはここに来るのは最後の最後に取っておくつもりだったんだが…手違いでな。早く来過ぎた様だ」


「フッフッ……汝、面白いな……で?ここへ来て何をするつもりだったのだ?」


ケインは立ち上がると太陽剣を構える。


「知れたこと!てめえをぶっ殺すんだよ!!」


その威嚇に周りのガーゴイルズが興奮し、ケインに襲い掛かる。

だが、一瞬の殺陣で数匹が血祭りにあげられた。


「ほう……やるな」

巨大な腕(ケインの胴回り程はある)を伸ばした魔王は、その剣を掴む。


「うっ!?」


一瞬で、自らの唯一の武器を押さえられたケインは焦った。


「……やはりな……汝、この剣を何処で手に入れた?」


「……ウチにあった剣だ。それ以上は知らねえ!!」


魔王は急に手を離す。


あまりに意外な行動にたじろぐケイン。

いきなり眼の前に柱の様なモノが突き刺さる。

それは魔王が持つ剣だった。

人間の数倍はあろうかと言う巨大な柱の様な剣……。

だが、驚いたのはその大きさではない……。

長さや形こそ微妙に違えど、それはまさにケインの持つ黄金色の“太陽剣”と同じデザイン……
いや、同じ剣と言ってもよかった。


「こ…これは……!?」


「汝達はこの模様を“太陽”だと思っているようだが、これは太陽ではない」


「なにぃ?」


「これは我が紋章“明けの明星”……金星を意味するのだ!!」


「明けの明星…金星?」


「それを持つ者、すなわち魔族の血をひく者!」


「ば…馬鹿な……」


「ケインよ、貴様は魔の眷属なのだ!!」


「な………!?」


魔王のあまりの告白に唖然とするケイン。

そして、皮肉な笑顔を浮かべた。

「へっ…へへ…悪い冗談だぜ、悪魔に抵抗してる軍団のリーダーが悪魔の仲間だってのかい?」


「どうだ……」


「何が?」


「ここらで手を打たぬか?」


「なんだ?降伏するってのか?」


「いや……我らは人間を根絶やしにして、地球を支配するつもりだ。……そこでだ。同盟軍が手を出さずにいれば貴様達だけの国を与えようと言うのだ……」


ケインの表情から笑みが消えた。
冷静な顔付きに戻ると静かに言った。


「……要するに邪魔せず黙って見ていれば俺達だけは助けると?」


「そうだ」


「ふざけるなー!!」

ケインは飛び上がると、魔王の左腕に切り付けた。
青黒い血飛沫が飛び散る。


「ぬぅ……これが汝の答えか??」


「俺はケイン・グランマスター!人類同盟軍のリーダーだ!!」


魔王の胸を太陽剣で突き刺す。


「貴様!!」






一方、地上では更なる地獄が現出していた。

リーパーズ・アイランドより西にある荒野でのガーゴイルズの襲撃はまだ続いていた。


ケイン・ガイウス連合はこの時点で兵の半数を失っていた……。
ガイウスは自らの側近やケイン親衛隊、ミゲルやジャガー達を従えて海岸へ向かい逃避行をしていた。


「あれが見えるか?ジャガー!」


「おう!海だな……いよいよ、リーパーズ・アイランドが近いのか?」


「違う!空を見てみろ!!」

天を見上げ愕然とするジャガーやミゲルら…。

海の彼方、更なる援軍がこちらに向かってやってくる。
ガーゴイルズがさらに増え続けている。

天を埋めつくす黒い悪意がこちらに向かってきたのだ……。


「ああ…なんてこった……もうダメだ……」

サドラーが弱音を吐く。


「バカヤロー!こんな所で死んでたまるか!!」


強気のミゲルは、一度に20の矢を放てる特殊な弓矢を構えるとガーゴイルズに向かって発射する。


その時、雷鳴が天にコダマしたかと思えば、天空がまるで巨大なスクリーンの如く映像を映しだした……。


黒い巨人と小さな人間が激突し、火花を散らしていた。

どういう訳か……ケインと魔王の激闘が上空に映し出されていたのだ。


「ケ、ケイン……」

一寸法師の如く、魔王の周りを跳ね回り少しずつ魔王の身体を傷付けていたのだ。


「あれはケインさん!」
と、ミゲル


「どーなってんだ、こりゃあ!?」

ヴィンセントも驚く。


ただ冷静なのはガイウスだった。

剣と剣がぶつかり合い火花を散らす。
その映像を観ながら呟く。


「あれは、魔王ウインドウ……やはり生きていたか……」








《続く》