まったくうまく書けてないけどさきに進みたいのでさっさと晒す荒行。
エリアN 4.
エリアN
4.
朝食をとっていると、カウンターに置きっぱなしだった携帯電話が鳴った。
突然の業務連絡に、急いで身支度をし、
バッグもデータが詰まったノートパソコンも置きっぱなしで、ユカはバイクに飛び乗った。
「急いで来てほしい」と応援メールをすると、すぐに返信があった。
あっちの世界は深夜3時前。もうベッドに入ってもいい時間だろう。
今回の緊急指定先である中央公園に入り、門のすぐ近くにバイクをとめた。
大きな噴水があり、その奥を整備された幅広の道が左から右へと続く。
風に木々がざわつき、芝生が揺れる。
いつもは眠っている風景が、今日はなんだか騒がしい。
子どもが遊びまわったり、スポーツやジョギングをしたりするための公園が
どうしてこんな夜に沈んだ世界に在るのだろうか。
人が造ったはずのその敷地のなかに、外灯が灯され、暗がりができ、死角が生まれる。
「意味あんのかよ」
のぼってきた月に笑われた。
少し息苦しさを覚えて、ユカはふぅと深呼吸をした。
自分がここにいることにも、どういうわけか智美を助けようとしたことも、特に意味はないのかもしれない。
どれもこれも在ったことすら忘れられて、隅っこに追いやられたブラックホールにいつの間にか吸い込まれてしまう。
噴水の水面が、明るく円形に光りはじめた。
マンホールよりひと回りほど大きな円形に水がくぼんでいくと、輝く階段を作る。噴水の底よりも深い。
小さなシルクハットがひょこっと頭を出し、そこをのぼって来る。
チェーンのついたヒョウ柄のベストにファーべスト重ねたトップス。
ホットパンツから伸びる白く細い脚。
黒いロングブーツのかかとがカツカツとコンクリートを叩く。
耳に心地よくスマートに、かろやかに、せかせかと。
「マジ無理。製図おわらない。」
夏希は睡眠を経由してこっちの世界にやってくる。
自分の影をちゃんと連れて。
「やっと寝る時間確保できたのな。」
「まあ4時間くらいは寝とかなきゃね。頭もスッキリするしちょうどいい。」
夏希は、あっちの世界の日本では有名私立大の建築学部に通う。
3年生になってからゼミの課題やら発表やらに追われている。
絵を描くことと建築見物が趣味。お気に入りは谷口吉生。
現実と見間違うほどの鮮明な夢も、有意義に過ごす。
佐藤夏希は24時間年中無休なのだ。
まともすぎて、まともじゃないくらい、まともだ。
「で、どうしたの?」
「明日香がアミナの影をおさえた。」
「ナイス!」
「こん中にいる。」
ユカは携帯探知機の画面を夏希に見せながら操作した。
タッチパネルには街の地図の表示に印が表示される。
「あっちのほう」だと、ユカと夏希は右手の闇に伸びる道を歩き始めた。
サトウアミナを示す赤い点は、ここ数日ずっとこの近辺をうろついて捕まえられずにいた。
それが今、かれこれ1時間ほど、この広い公園のなかに留まっているのだ。
敷地内は時計のように円形に整備されている。
木々が立ち並ぶ道を進み、ベンチと花壇の広場を通り、また木々が続く暗い道をいくと遊具の広場に出た。
小さな砂場、つる草が絡んだ屋根とその下のベンチ、ブランコ、
「あれ。」
すべり台のうえに、まるまった人影があった。
「あの子か。」
「間違いなくあいつだな。」
すねた子どものような体操座り。
2段になった藍色のスカートに白黒のボーダーニット。ヒョウ柄の耳付きのフードをかぶっている。
落ちつきなく身体を前に後ろに揺らしているが、勢いをつけてそのまま滑り降りてくる気配はない。
「あなたがアミナちゃん?」
“あ「ん」た”になりそうなところを“あ「な」た”に軌道修正して、どうにか捜査員のとしての人柄を保った。
ユカの声に、アミナは膝の上にあごを乗せたままで頷いた。
見つけ出されたことに動じることもなく、ブーツのつまさきを見たままだ。
「私たち、迷子になったひとを助けてるんだけど“帰り方がわからない”の?」
夏希の問いかけにアミナはまた頷く。
やっぱり。ユカはため息をついて、夏希と顔を見合わせた。
「私もこの世界に来てるんだ。一緒に帰ろう。」
少し間をおいて「うん」とはっきり返事をしたものの、パッと希望が見えたような表情ではなかった。
自殺志願者ではない。手首きったとか睡眠薬のみすぎたとかそういう人は、そもそもここに来られない。
ガタガタ、ボコボコとすべり台のステンレスを鳴らして、アミナはおりてきた。
「もう起きなきゃだめ?」
一度耳にしたら忘れそうにない甘ったるい声。
夏希がいくつか質問をしてみると、次第にアミナのほうからポツ、ポツと話し始めた。
授業、課題、バイト・・・目まぐるしい毎日に、じりじりと膨らんでいく無力感に疲れきってしまい、
アミナは気がつくと、1人暮らしのアパートから“ここ”に来ていた。
「なんだか気がらくで、楽しいし、学校さぼっちゃった。」
いつ眠りに落ちたのかも、いつ目が覚めたのかもわからない。いつまた眠りに入ったのかもはっきりしない。
「どっかに大きなきっかけでも落ちていないかなー」と当てもなくフラフラしていたという。
夏希とアミナが並んで歩く後ろを、ユカが続く。
外灯の下を通ると、次第に足元にうっすらと影が伸びてきたのがわかった。
あっちの世界の実体の“亜美菜”が、夢の出口を見つけたようだ。
「私もさ、徹夜してちょー頑張ったのにプレゼンでうまくいかないと、
バッグ投げ出してさ、そのまま不貞寝しちゃったりするよ。」
「あるよねあるよね。」
「だから、こっちの世界にもしょっちゅう来るんだけどさ。
息抜きは必要だけど、でも結局、ここにいたって時間は進まないし、なにも解決しないんだよね。」
夏希のながい話をアミナは黙って聞いている。
アミナのながいながい話に夏希はうんうんと相槌する。
「わかっちゃいるけどさあ。」
「来てもいいけど、でも居座るのはダメだよ。
アミナはいいかもしれないけど、亜美菜がダメになっちゃうから。」
「えーー別にいいよお」
「ダメ。疲れた時にまたおいで。」
「はーい」
影を探す仕事を手伝いながら似たような話をこうして何度も聞いてきたけど、語るほうも語るほうで、話は全くくたびれない。
こんな説得は毎日と向き合ってまともに生きてる夏希しかできないなと、ユカはいつも思う。
「今帰ったら、ちょうど明け方だね。」
「また寝ちゃいそう。」
「ダメだからね?」
「わかってるよお」
2人の会話を聞きながら歩いてるうちに、影のあたまがちょうどつきあたった低い壁面で折れて、噴水に戻ってきたことを告げた。
外灯に照らされて、ずっと下ばかり見ていたことと、鍵をバイクにさしたままにしていたことにユカは気付いた。
→5.
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