いつか書き終わらせたいという小説の断片です。
近未来ちっく。私にしては珍しく、ふつーに明るい主人公らしい主人公ではないだろうか(笑)
時空の歪んだ世界の中で、唯一道具もなしに、自在に行きたい場所へ行けるお姫様です。独自の神話なんかを作り上げねばならないのですが、苦手分野だなーと。恋愛小説っぽくなりそうです。
しかし、断片すぎますが。キャラ説明で終わってるようなものだし。
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時の神、クロノス。時を支配する存在。
人間が「地球」と呼ばれる惑星に住んでいた時、かつて彼は、一人の人間の娘と恋に落ちた。
二人の間には子供も生まれ、幸せだった。
だが、程なくしてそんな幸せも呆気なく壊れてしまう。
娘は、人間が神との子を孕ませる為に送り込んだ存在だったのだ。
神に近付きたいが故に、神の力を欲したが故に、人間は神を利用した。
それを知ったクロノスは、怒り狂った。
――そして、時空を歪ませた。
過去と現在と未来と一直線に進んでいた時間が、そうではなく不安定に混ざってしまった。当たり前に認識出来ていた空間も歪んでしまった。
クロノスの作った時空の歪み。それは、突然現れることも、消えることもある。
そこに入り込んでしまえば、生身の人間には堪えられるものではなかった。
特に、その歪みは惑星に多発した。
人々は、普通に生活出来なくなってしまった。
それ故に、なんとかそれに対抗する術を編み出した。歪みを察知する機械などを生みだし、歪みの中でもそれに堪えられ、そこから出れるような宇宙船を生みだし、宇宙へと出て行った。
*
「これが、今の生活の理由です。分かりましたか、姫」
淡々と説明していた男が、唐突に言葉を止める。
眠りそうになっていた少女は、慌てて姿勢を正した。
「ティカ姫? 聞いていましたか? もしや、眠られていたのではないでしょうね?」
男は、黒い眼鏡を上げながら、眉を寄せた。
何処か鋭さをもった、端正な顔。それを、歪ませて近付けられれば、流石に迫力がある。
おかげで、ティカの眠気も一気に冷めた。
「き、き、聞いてたよぉ! 人間が神様を利用しようとしたから、それに怒った神様が時空を歪ませたんでしょ!」
男の言葉に、否定の意味を込めて、懸命に首を振る。
その度に、肩まである紅い髪が、淑女らしからぬ様子で乱れていくが、そんなことは今のティカには気にしている余裕もない。
今は、男の視線から逃れることだけしか頭になかった。
「はい。その通りです」
綺麗に浮かべられた笑み。それに、思わず顔を赤くしてしまいそうになる。
首ほどまである襟足の髪が、静かに揺れる。水面を思い起こさせるような、そんな動作。
冷たい顔だと言っても、どこまでも整っているのだ。
「ですが、次に眠りそうになっていたら、宿題を二倍にしますから、覚悟しておいて下さいね?」
間髪入れずに続けられた言葉。
ああ、やはり。それでも、やはり誤魔化されてはくれないのが、この男――ユーイなのだ。
「……うう!」
ぷっくりとした唇を噛んで、ティカは小さく唸る。
外見通りに、ユーイには容赦がない。やるといったら、やる。
真面目な彼は、自分の与えられた仕事は完璧にこなす主義だ。
彼の仕事は、ティカの家庭教師。彼女に、姫として恥ずかしくないような教養を付けさせること。
それ故に、それに関しては徹底されている。ティカは、嫌というほどに思い知らされてきた。
「ユーイ、それくらいにしてあげなさいな」
女性的な艶のある声に遮られて、ユーイは言葉を止めた。
ティカは、その声にぴょこんと飛び上がった。
振り返れば、いつの間にいたのか、そこにいたのは金髪の女性。腰ほどもある巻き髪を手で払い、真っ赤な唇で艶やかな笑みを浮かべている。
「リーリエ!」
数秒の間も置かずに、ティカは、女性――リーリエの元へと駆け寄った。
リーリエは、いつみても目を奪われるようなスタイルをしている。ティカには叶わない、女性らしいライン。ウエストは細いにも関わらず、豊満な胸。見惚れない男がいたら、それは男ではない。
「わぁ、久しぶりー!」
「久しぶりね、ティカ」
並ぶと自分の体のお粗末さを突き付けられるが、そんなことはまぁ些細な問題だ。久ぶりなのだ、こうして話せて嬉しい筈がない。きゃきゃと話に花が咲く。
暫くして、そういえば、とティカは後ろのユーイを振り返る。
「ていうか、ユーイはいつまで私の事を『姫』って呼ぶの。『ティカ』でいいって言ってるのにぃ!」
ぷくぅと頬を膨らませれば、真面目そうな顔が困惑の色に染まる。
「姫は、姫ですので……」
「これだけ、時間と空間が交じってるんだから、お姫様なんて、いっぱいいるよぉ。この船にだって数えきれないほど、いるもん!」
「ですが、姫はこの船の有力者のご息女ですから」
「やだって言ってるのにー」
「まぁまぁ、ティカ。ユーイは、馬鹿が付くほど真面目なのよ。諦めてあげてちょうだいな」
「ぶー。リーリエが言うんなら、仕方ないなぁ」
そう、渋々ながらも頷けば、ユーイはほっとしたように息を撫で下ろす。その姿を、ティカとリーリエは笑った。
ティカは、日々のそんなやり取りがとても楽しかった。とても好きだった。
――こんな当たり前のような日々が、こうしてずっと当たり前に続いていくものだとばかり思っていた。