早く書き上げたい小説のプロローグ的な部分です。
魔力のない少女が、ひょんな事から手にしてしまった魔術書を巡り、戦うファンタジーの予定です。
早く書きたいんだけどなぁ……。
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「“燃える赤き炎よ、彼の者を焼き尽くせ”!」
凛とした強さを持つ声が、清閑とした谷底に響き渡る。
谷底に広がるのは、大きな岩だけ。そこは生命の息吹など感じられぬような、冷たい場所だった。
辺りを埋め尽くす、大きな岩。その上で、手に一冊の本を持った女性はそう叫んだ。
腰よりも長いまばゆいばかりの金髪を、風に靡かせていた。
彼女の白い手は、目の前にいる漆黒のマントを着た人物へと伸ばされていた。
声に呼応するように、刹那、その本が小さく光り、女性の伸ばした手の指先からは炎が現れた。
赤々と燃えるそれは、空を切る音を響かせ、男を目掛け素早く飛んで行く。
「くっ!」
炎は男の肌を焦がす。
人間が堪えられぬような熱さに、くぐもったような呻き声が男の口から漏れる。
男のマントは炎により見る影もなくボロボロになり、肌は赤く爛れている。
一目でかなりの深傷だとわかる。命さえもが危険なほとだ。
それでも何とか堪える男の精神力の強さ。それは、驚嘆に値するほどだ。
しかし、それが命の危険と繋がらないかと言えば、やはり話が別だ。
男も、自分で理解しているのだろう。その表情には焦りが感じられる。
このまま放っておけば、確実に男は苦痛を感じながら死ぬ。
だが、その原因を作った、当の女性はそれを冷静に見つめているだけ。
「……覚えていて下さいッ。この恨み、必ず晴らしますから……ッ」
膝を地に付きつつも、なけなしのプライドで男は女性を睨む。
恐ろしさを感じるほどに黒い男のその瞳には、深い深い憎悪が感じられる。
憎い。憎い。憎い。
それは、親の敵などよりも根が深い。
ただ、心の奥底からその感情だけが湧き上がるような様子だ。
「……何言ってるの。その傷じゃ、いくら貴方でも数十年は動けないわ」
だが、女性はそんな憎しみの込められた瞳を向けられても、全く動じた様子がない。
眉一つすら、動かない。
「……傷が治ったら、必ずその本を奪い、貴女を殺してやります……ッ!」
――傷が治ったら、か。
男の言葉に、女は小さく目を伏せた。
それは、男の生死に関わるほどの怪我を見ても、全く表情を変えることのなかった女の初めての表情の変化だった。
数秒の間を置くと、再び口を開いた。
「……私はその頃にはもう生きてはいない」
少しだけ、哀しげに。少しだけ、表情を歪ませて。
それは、何に対する悲哀だろうか。
ただ、女は思い出すかのように哀しげな様子を見せた。
「ならば、貴女の子供を苦しめて、苦しめて、殺すまでですよ……」
男はククッと、喉で笑った。整った顔立ちをしているのに、どこかおぞましい笑み。
だが、女もまた、男のその言葉に小さく笑った。
そして、俯き気味だった顔を上げ、先ほどの哀しげな瞳とは違う、強い意思のこもった瞳を男に向けた。
「私の子供? なら、貴方にそんなこと出来るはずがないわ」
「ふっ。やってみなければ、わからないですよ」
そんな女に男はそう返すと、フラフラと体を支えるのも精一杯な様子で体を地から起こし、やっとのことで立ち上がる。
「覚えていて下さいね」
すると、そう付け加え、その場から消えた。
それは、ほんの瞬きの間の出来事だった。
残された女は、険しい表情で男の消えた場所を見つめている。
赤い唇を血が滲みそうな程に噛み締めて、呟く。
「……渡さない。これは、アイツみたいな者には渡してはいけない……」
谷底では相変わらず、激しく風が吹き荒れていた。風に荒れる金色の髪をそのままに、手に持っている本へ視線を向けた。
多少の装飾は施されているものの、何の変哲もない本。
だが、それは見た目だけの問題だ。この本には強大な魔力が秘められている。あまりに危険なものだ。
それこそ、世界の破滅をも齎す、と言っても過言ではないのだ――。