いつもの場所
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それはファンタジー。 【※閲覧パスはプロフを参照!】
いつもの場所
α
Fragment. 4
偶然にライトノベルの話をして以来、智美とよく話すようになった。
前後の席で、昨日の放課後のことや最近あったこと、先生のおちょくりとか、他愛もない話をする。
最初のうちは未知の相手を知っていくのが楽しくてずっとずっと話がつきなかったけれど、
だんだんお互いがわかってくると、ふと話が途切れても、自然とそれぞれ好きなことをしはじめる。
ずっとニコニコと笑顔を作らなくてよかったから、智美と過ごすのはとても気持ちが楽。
智美が考えそうなこともわかったし、逆に私が思ってそうなことを智美が感づいてくれるから。
智美は時々ぽっかりと数日休むことがあった。
そういう日は、私は今までと同じように体育館で彩佳たちといた。
それでも、昼休みを2人で過ごすことのほうが増えた。
私は図書館について行く。
寝てたり休んだりした部分の授業のノートを写すことが多い。
智美はたいてい本を読んでいる。
椅子に浅く腰かけて、背もたれによりかかり、脚をまっすぐに伸ばす。
真剣なまなざしがゆっくりと、上から下へ文字の列をたどっていく。
私のまなざしに智美は気付かない。
自分でも、何が楽しくてこの時間を過ごしているのかわからない。
けれど、その沈黙の中に一緒にいることが許されている。そんな気がしている。
机に置かれた智美のケータイが、バイブーの音とともに明るく光った。
表示を確認したその目が、まんまるくなった。
しおりを挟むのも忘れて本を閉じた。
「まだいる?先いくね。」
口早にそう言って、すっと立ちあがって行ってしまった。
智美はカウンターに本を1冊差し出す。ケータイを操作して、画面を見たまま。
なにがあったんだろう?
図書委員の女子生徒は少し驚きながらも、貸出作業にも彼女の異変にも慣れているように手続きを進めている。
智美を慕っている2年生の子だ。ときどき廊下で話しているのを見かける。
休み時間はまだあと10分ちょっと残っている。
智美があのまま教室に戻ったとは思えなかった。
きっといつもの場所だ。
私は借りたルーズリーフノートをクリアファイルに収めて、智美のあとを追った。
智美がさっき借りていたのは、配架されたばかりのハードカバーだった。映画化が決まってテレビで特集されていた。
聞いたことがある名著や、個人的に持ち込んだ文庫本、ライトノベルなどなど、彼女が読むのはどれも小説だ。
クラスメイトから借りた漫画を読む時はとてもつまらなそうにしている。
それなら、欠席していた期間の授業の穴埋めでフランス革命の歴史書を読んでいた時のほうが、まだページの進みがよかったくらい。
いっぴきおおかみ。
周りに“ともだち”はたくさんいるのに、どこか孤立している。
何をやっても満たされないし、いつまでこんな日常が続くんだろうと憂鬱になる。
けど智美と知り合ってから、風景が変わった。
彼女をまねて、以前より本を読むようになったからかもしれない。
毎日が物語のページをめくるように進んでいく。
そこにはいつだって美しい景色があって、気が重たかった雨の日ですら、色のついた一日になった。
次のページに何があるのかを想像してみる。
智美がひとりになりたくて行きそう場所はだいたい見当がついた。これまでにも登場した場面だ。
もし見当がつかなくても、
ひとりで校舎を彷徨っているだけでも、智美をさがしている自分の描写は思いつけただろう。
けど予想したとおり、彼女の姿は1階の渡り廊下の木製ベンチにあった。
何も言わないで隣に腰掛けた。
ちょうど私が座るためのスペースが用意されていたように、私がそこに収まる。
しばらくぼんやりと、中庭を見つめていた。
いつの何の記念かも知らない石碑が、のぼってきた太陽を熱そうに反射させている。
そのすぐ傍には、その温度を知らない草木が涼しげに茂っている。
同じ陽の光も、緑にとっては天の恵みだ。
「文化祭、明日香くるんだって。」
智美は大きなため息と一緒にそう告げた。
楽しみにしてるようには見えなかった。
ちらりと横を見ると、むりやりに苦笑いを浮かべた顔がひきつってる。
「明日香さん?」
「会ったことないよね?」
「ない。顔も知らん。」
話には何度か聞いていたけど、写真などでも見たことはなかった。
「大学生だっけ?」
「2つ上。今年ハタチになった。」
「遊んだりしないん?」
「全然。何年も会ってない。」
お誕生日のメールとか年賀状とかはくるけどね、と智美は言い足した。
明日香さんは智美の幼なじみ。
県内でもトップの高校から国立の薬学部に進学した、優等生。
智美のお母さんが今のお義父さんと再婚したのは、3年前。智美が中学3年の時。
それまでは母と子2人で生活していた。
お母さんが夜まで仕事でずっと自宅にひとりきりだった時期に、毎日一緒に居てくれたのが、マンションのすぐ近くに住んでいた明日香さんだった。
熱を出したり学校休んだりした時にも、よく明日香さんやその家族の人がお世話してくれ、
1人っ子だった智美をかわいがってくれた。
「いきなりどうしたんだろ。」
陰になってる渡り廊下も9月ではまだ暑い。
ぬるい風がゆっくりと中庭へ吹きぬけていって、智美の横顔を隠した髪をなびかせた。
突然の連絡に戸惑いながらも、どこか嬉しそうにも見える。
「来てほしくないの?」
「そうじゃないけど。」
「ええやん、幼なじみって。羨ましいわ。」
「こわいだけだよ。私のこと何でも知ってるから。」
仲よくしている(あるいはそういう関係にみえる)人でも、あまり親しくない人でも、
基本的に智美はなんでも怖がる。
それもこれもきっと、自分を守るため。壊れないように、自分自身を保つため。
私の経験から推測するとそういうことになる。
「もうメール返した?」
智美は首を横にふった。
膝の上に置かれた両手は、ケータイを包むように持っている。
大切に大切に温めているよう。
画面を開けば、そこには打ちかけのメールが表示されるんだろう。
「断るん?」
「それでも来るよ、明日香は。」
しつこいからさ。そう言って呆れたように笑った。
また風が吹いた。
私が知らないどこか遠くへ、智美がいってしまうような気がした。
私の話をするときも、こんな優しい表情をするだろうか。
始業5分前のチャイムが鳴った。