小さなさえちゃん
これからゆきりんworld *1
*1
時計が0時をまわった。
明日も早いし、さっさとあがりたい。
でも、冷え込み始めたこの時期のお風呂ってちょっと気持ちがいいかも。
疲れが溶けだしていくみたいで、ついぬくぬくしちゃう。
ひめ
明日は佐江ちゃんに会えるなぁ。
年末はいろんな番組に呼ばれて毎日のように会ってるから、一緒にいない日があると一日だけでも淋しい。
ひめー!
「え?」
「ゆーきりーん!」
誰かが名前を呼んだ。
温かさに閉じていた目を開けると、さっきまではなかった物影が、いや、人影が、太いバスタブの縁に立っている。
「エッ!?」
ちょっと意味がわからない。
今までに見たことのない小人さん。
「もー。名前呼ばなきゃ気付かないんだもん。」
「キャァおじさぁあん!!!!!!」
「おじさんじゃなぁああーい!」
そう言い終わるか終わらないかくらいのタイミングで、小人さんに反射的に湯船のお湯をバシャーッ。
両手が動いた後かお湯をかけ終えたかくらいのタイミングで、ピンときて、
「うわっ!ごめん!」
咄嗟に謝った。
メガネをかけたあのいつものおじさんじゃない。
声も動き方も、佐江ちゃんだったから。
「ちょっとーー!!!いきなり何!?」
甲高い声がお風呂場に響く。
「ずぶ濡れだよぉ」と手足をばたつかせる。ちょっと怒ってるけど、全然濡れてないように見える。
近づいてよく見てみると、顔もスタイルもちゃんと佐江ちゃんだ。
蝶ネクタイにベスト、下はサルエルパンツ。ちょっと砕けてるけどどこかの国の紳士みたい。
掌に乗せるにはちょっと大きいけど、お人形さんみたいでかわいい。
いつもの佐江ちゃんよりはるかに小さいけど、なんだかあまりビックリしてないわたし。
久しぶりに友達に会ったみたいな懐かしささえ覚える。
「どうしたの?こんなところで。」
「もう時間がないんだよぉ!!!」
「急いでるの?」
なにやらワキャワキャしながら、首に下げた時計を指差している。
さえちゃんが小さいから、文字盤はもっともっと小さい。
でもはっきりと読み取れる。
きれいなフォントのローマ数字が円形に並んでる。XVIまで。
…12より大きい数?
「早く!行こう!」
「なに?何かあるの?」
「時間がないんだ!!」
確かに明日も朝早いから、時間はないけど…。
わたしの質問には答えてくれずに、さえちゃんは一生懸命に自分の足元を指している。
「早く!はやく抜いてよ!」
落ち着きもなくぴょんぴょんと跳ねるから、そのたびにブーツのかかとがトントンと低い音を響かせた。
湯船の水面のその奥を示してるみたい。
入浴剤でにごっているから、何も見えないけど。
「はやく!栓を抜いて!」
「なんで?!寒いじゃん!」
「いいから!行くよひめ!」
「行くってどこに!?それにわたし、“お姫様”じゃないよ!」
「あぁーーもう!!!」
完 全 無 視 。
大きなカブを抜くみたいに、さえちゃんはポールチェーンをたぐりよせて思いっきり引っ張り上げた。
そもそも「ひめ」と呼んでおきながら態度がぞんざいすぎやしないか、と思っている合間にも
ゴボゴボと静かな夜に大きな音を立てて、お湯が流れていく。
ものすごい速さで浴槽が空になる。普通じゃない。
「やだぁああああああ」
ヒンヤリとした空気がなだれ込んできて、わたしとさえちゃんはお湯の渦と一緒に吸いこまれていった。
→*2
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