最初に願ったのはあの子の笑顔。
その子供はいつも此方に背を向けたまま泣いている。声を飲み込んで、固く握られた手からは鮮やかな赤が零れ落ちる。
どうして。
呟いた筈の口からはなんの音も発せられず、伸ばした手はしかし少年の体をすり抜けて落ちる。
――どうして。
そうしてゆっくりと夢から覚める。目を開けばどろりとした黒い感覚が戻ってくる。上体を起こし頭に手をやったまま思考する。
――どうすればいい。
いつも見る夢。あの子が泣いている夢。幼い頃から見るそれは、ただの夢と割り切るにはあまりにもリアルで。碧は思考する。どうすればあの子の涙を止められる。どうすればあの子が傷付くのを止められる。
顔も名前も知らない子供に惹かれてやまない自分を愚かしいと思う半面、救えない自分を呪いもした。膝を抱えたまま左手に意識を集中させ、掌の上に風を起こす。青白い燐光が薄暗い部屋にぼう、と映える。
夢を見る様になって、いつからか身に付いた異能の能力。その力が増せば増すほど、子供との距離は近付いていると碧は確信していた。
(――この能力(チカラ)があれば、君を救えるのか)
ぎゅっと握り潰せば簡単に霧散するそれから視線を上げ、薄氷色の瞳に硝子越しの空を映す。
(きっと、何処かに居る筈だ)
この広い空の下でたった独りを見つけ出すなど不可能に近い。けれど碧は既に心を決めていた。必ず助けると。その為ならどんな手段も厭わないと。
立ち上がり窓を押し開け、眼下に広がる街を見下ろす。色褪せたこの世界は吐き気がするほど嫌いだが、そこに子供がいるならもう少し踏み止まってみせよう。
きっとこの力が導いてくれる。そう信じて、碧は足を一歩踏み出す。
そして歯車がまた一つ廻った。
――僕が君と出会うのは、それから暫くしての事だった。