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もやしっ子、体を鍛える(レンリン)

 第一回冬の腕相撲大会in炬燵で見事に家族全員に大敗した俺は、その日から体を鍛え始めていた。昼間は歌録り等の仕事が入ることが多い為、朝に走り込みとストレッチをして夕方に腕立て伏せ・腹筋・背筋を30回15セット。夜にはミクオを巻き込んで柔道をやってみたり剣道をやってみたり。力がついている手応えはそれ程ないが、発声を良くする為にもなるしだんだん楽しくなりつつあった。

 しかし、体を鍛え始めて三日も経った頃からだろうか。最初こそ負け犬根性に燃える俺をケタケタと笑って見ていたリンが突如邪魔をし始めた。昼間の仕事で一緒になった時は至って普通そのものなのに、俺が腕立て伏せをやっていたらその上に腰掛けてみたり、走り込みをやっていたら目の前にゴールテープを張ってみたり。他にも、合気道の相手をさせていたミクオを葱で釣ったり縄跳びをしている俺の足元にバナナの皮を投げてみたりしていた。我が相棒はグレてしまったのだろうか。無理非道とはこのことか。

 腹筋をしようと仰向けになった俺の腹の上にぬいぐるみを並べているリンに、俺は意を決して尋ねた。


「なあ、リン。お前は何が気に食わないんだよ? 地味な嫌がらせばっかりしやがって」

「……え」

「いいかげん堪忍袋の緒が切れるぞ、俺は」


 むしろ今の今まで切れなかったことの方が奇跡だ。俺には切れてもいい正当な理由がある。当然、訴えたら勝てるだろう。リンが生唾を飲み込んだ音がした。

 仰向けのままシリアスモードに突入してしまった俺がどれだけ間抜けかと言う話は今暫く置いといて、リンは俺の腹の上からぬいぐるみを退かしてくれたようだ。腹がすっと軽くなる。俺の足元に座っているのか、リンの姿は見えない。気まずい空気が流れること数分、音を拾いやすくなっていた耳が鼻を啜る音をはっきりと拾い上げた。


「……!」


 俺はリンが泣き出したのかと思ってがばりと上半身を起こす。しかし、数分ぶりに視界に入れたリンは目を潤ませながらも泣いてはいなかった。どころかいつもは丸い瞳を今は半分にして恨めしそうに俺のことを睨む。腹立たしそうな声音で言った。


「だって、レンがマッチョになったら嫌だもん……」

「……はい?」

「っ、だってレンがマッチョになったら嫌だもーん!!」

「……」


 いや、聞き返したわけじゃなくて。

 意味の解らない理由を述べたリンは言いたいことを言ったら今度こそわっと泣き出した。マッチョってなんだよ、マッチョって。怒る気も力も完全にどこかへいってしまった俺は、へにゃりと前屈のような体制になりながら深く息を吐き出す。


「……はあー……、……あーあ」

「!? なっ、なにその心の始めから終わりの底まで呆れ果てましたみたいな態度! 傷つく!」

「ああ、実際呆れてますから。て言うか、マッチョって何よ。可愛くねー」

「そ、そう言うレンこそ鍛えたってかっこ良くなれないんだからね! これからマッチョ人生なんだから!」

「いや、マッチョ人生じゃないから。大体それって誰の入れ知恵だよ。ミクオ? 初音? むしろ両方か?」

「え! ……レンってエスパー?」


 真顔になりながらしげしげと俺を見つめるリンに、俺は口の中で小さく阿呆と呟いた。毎度のことながら騙されるリンは馬鹿ものだが、騙す初音コンビはお騒がせものである。ミクオも共犯者とは良い度胸してんじゃねえか。


「まあ……俺はならないから、安心しろ。マッチョ」


 意識して顔を上げながら言った。


「ええ? 一体どこにそんな根拠が……あっ、そうか! レンがエスパーだからか!」

「自己完結はやめてくださいまじで。……そうじゃなくて、俺はボーカロイドだからな。急激に体型が変わることなんてあり得ないだろ。そう言うバグが発生するかプログラムでも書かれない限り」

「あ……言われてみればそうかも!」


 合点がいったのか、リンはパッと顔を輝かせる。しかし、次の瞬間には怪訝気な表情をして俺に尋ねた。


「と言うことは、レンはなんの意味もない特訓をひたすらやってるの?」


 ピシリ、と空気の凍る音が聞こえたような気がした。弛緩していた体の筋肉が硬直する。俺がどれほど悲惨な顔をしていたのかは知らないが、リンは瞬時に口元を手で覆った。


「あー……今のは口が滑ったと言うか、なんと言うか」


 その呟きは呟きと言うにはあまりにも大きすぎるものだった。










 数分後、自分のプリンを献上したり「今ならお姫さま抱っこも軽いかもよ?」とお世辞を言い始めるリンに、俺は苦虫を噛み潰したような顔で応えるのであった。






111203

今日はポッキーの日なのでフラグを折るべきだと誰かが言っていた(レンリン)

▼うざったいレンと辛辣リン


「リンちゃんリンちゃん! 朝からやる気なさそうにケータイ弄ってるリンちゃん! 今季の苺ポッキーのパッケージ見た? なんとハート型が入ってるんだぜぇ……(ドヤァ)」

「ふーん。レン、朝っぱらからこっち見ないですごく気持ち悪い」

「……! め、めちゃくちゃ辛辣な上に初っぱなから話を聞いてくださらない!? 辛辣なのはいつものことだとしても酷いよリンちゃん!」

「……はあ? ちゃんと聞いてるよ。ふーんって言ったじゃん、私」

「いや、今のは絶対後者の用件に重きを置いて話してたね。俺の言うことには超どうでも良さそうだった!」

「だって実際どうでもいいもん」

「どぎゃーん!!」

「(……どぎゃーん?)煩いなあ、それがなんだって言うの」

「だって今日はポッキーの日なんだよ! リンちゃん知らないの!? もしかして情報弱者なの!?」

「(イラッ)黙れよ」

「すみません口が滑ったんですごめんなさい」

「…………それで? 簡潔に十五秒以内で説明して。言いたいことを解りやすく」

「はい! つまり、今日は百年に一度のポッキー年ポッキー月ポッキーデーなので、リンちゃんと二人でポッキーゲームがしたいんです!」

「ふーん」

「あっ、またふーんですか!」

「ふーん、別にいいけど」

「だからふーんって連呼されても……ってええ!? いいのぉ!?」

「うん。だってそのポッキーゲームって言うのは、レンが1日中拾った犬か何かのように後を追い掛けてきて耳元でごちゃごちゃ言ってくるのを聞き流すよりは楽なものでしょ?」

「いえす!(グッ)」

「じゃあ決まり。さっさとポッキー出して」

「はい! それならここに! 噂の苺ポッキーハートパッケージバージョンだよ!」

「(イラァ……)あっそう」

「うわあああなんで開け口あるのにそんなワイルドな開け方するのおお!?」

「いちいち叫ばないで頭に響くでしょ。ほら、時間の無駄だから早くそっち食わえてよ。若しくは二酸化炭素の無駄だから」

「えっ、なんで二酸化炭素? ……あ、いや、じゃなくてまじで? まじでポッキーゲームしてくれるのリンちゃん?」

「早くしないと気が変わる」

「男・鏡音レン、いきます!(ぱくっ)」

「…………ん」

「(ぎゃあああああリンちゃんがポッキーの逆側を食わえてる!! 俺と一本のポッキーを……ぎゃあああああこれ以上は恥ずかしくて言えない何これ幸せええええ!!!)」

「………………」

「(あれ? なんでリンちゃん、鞄から徐にキッチン鋏を取り出して……って、あ!?)」



じょきんっ



「ひゃあああ目の前を鋏が過ったあああ!! あぶねええええ、唇切断されるかと思ったあああ!!」

「…………よし(グッ)」

「え、何がよしなのリンちゃん!! 俺の唇が切断されそうになったこと!? それともポッキーが綺麗に真っ二つに折れたことなの!?」

「はい、これで満足したでしょ。ポッキーゲーム出来て良かったねーパチパチ」

「あれのどこがポッキーゲーム!?」

「これにて撤収。解散。じゃあねレン」

「うそ、一瞬でもフラグを期待した俺はなんだったの!? ちょっと待ってリンちゃん、行かないでえええ!!!」






111111

短いお題まとめ(vcl)

ネオ/リンと皆

 蛍光色。私の目の前をちかちかと輝くもの。それは漠然としていた。それはいつ消えてしまうのかわからなかった。それは気がつけば通り過ぎていった。私の前に続くもの。それを見つめる私に緑の彼女は言った。


「私にはうたい続けることしかわからない」


 青の彼は言った。


「僕は此処に来たものを導くことしかできない」


 赤の彼女は言った。


「私はこれからもきっと大切なものを守っていくわ」


 蛍光、蛍光。ピンクオレンジイエローが過る。その色は眩しいのに、その色の先は真っ暗になったテレビのようだった。どんなに目を細めて見ても見ることのできないそれは、私にはテレビ画面の向こうと同意義だ。

 誰かが私の腕を引っ張る。隣を見ると、私の片割れ。黄の彼は言った。


「俺は君の傍にいるよ」


 それは一番落ち着く声音。重なりそうで重ならない、私と同じで違う声。


「この先は怖くないよ」


 怖い? ああ、そうか。私は怖いのか。言われて初めて気がついた。私はあの蛍光色の先が怖いのだ。だから足を止めてしまった。止めてはいけなかったのに。


「まだ大丈夫。間に合うよ、だから」


 進もう。彼の唇が紡ぐ。私は無表情だったけど、彼は穏やかな笑顔を浮かべていた。私は震えそうな手でその手を握り返した。そして足を一歩、踏み出してみた。


「……!」


 みるみるうちに、私の周りで蛍光色が溶け合う。優しい色に変化していく。足が宙を浮くような感覚。まるで空を飛んでいるようだった。

 私は口を開いた。


「じゃあ、行こう」


 隣を見れば、片割れの彼だけじゃなく緑の彼女も青の彼も赤の彼女もそこにいた。そうして、私の方に向かって頷く。隣から隣へ視線を移していって、私は下手くそな笑顔を浮かべた。


「   」


 ありがとうもさようならも言わない。言う必要がないからだ。私の後ろに落としてきたものも、全部拾って持っていく。そしてこの先に待っているものは。










 色彩が混じる。色鮮やかな箱の中。私達はその中に飛び込んだ。なんだ、怖くなんかないじゃないか。私の前に続く色が途切れるその日まで、私はまっすぐに前だけを見つめた。


「大好き」






091021

ー ー ― ー ー ー ー ー

あまい涙/クオミク

 電気も付けられていない部屋の中。いつもは気丈な女の子が顔をぐしゃぐしゃにして泣いていた。


「ミク、ミク、どうしたの?」


 無視するなんて酷いじゃないか。それでも僕は、泣いているミクの方が心配だった。泣いている理由が気になった。


「ミク、ミク、どうして泣いているの?」


 ミクはまたも僕を無視した。まるで僕のことが見えていないようだった。だけど、そんな筈はない。僕はこの部屋に扉を開いて入って来たし、ちゃんとここにいるのに。


「ねえ、ミク……」


 僕は泣きじゃくっているミクの肩に触れようとした。でも、触れられなかった。僕の手が、ミクを貫通した向こう側に見える。僕は呆然とした。ミクが言った。


「ミクオが、ミクオが、動かなくなっちゃった……!」


 僕が動かなくなった? じゃあ、ここにいる僕は一体誰だと言うんだろう。

 ミクは僕を見ていない。僕じゃないミクオを見て、泣きながら、帰って来てほしいと言っている。

 僕はその涙を舐めてみた。正確には舐められていない筈なんだけど、甘いような、そんな気がした。






091121

ー ー ― ー ー ー ー ー

もう少しこのままでいて/クオリン

 視界は薄く霧が掛かっている。灯台の上から海を覗き込んだ。夜の海は一面真っ黒だ。クオちゃんが笑う。


「え、何?」

「いや、波なんか見つめて楽しいのかと思って」

「そりゃあ、楽しいよ。……少し寒いけど」

「冬にこんなとこ来ようとするからだよ」

「クオちゃんだってノリ気だった癖に」


 少し口を尖らせて言う。何のこと、なんて惚けられて呆れた。

 これはクオちゃんとの最後の思い出旅行だ。来年になったら、私は好きでもない人と結婚させられてしまう。私たちは真剣にお付き合いしていたけれど、同時にそれが変えられない事実だということも分かっていた。

 だからこれで最後。花を見て、美味しい物を食べて歩いて、沈む太陽の絶景を見て。クオちゃんと最後に見るのは、夜の海だと決めていた。冬の夜の海は、透き通っていて怖いくらい綺麗で、クオちゃんにちょっと似ている。


「もうすぐ、お別れだね」

「うん」


 いっそ駆け落ち出来れば良いのに、と思った。でもこの人はそんなこと言い出さない。だって、誰よりも私の幸せを願っているから。


「綺麗だね」

「うん」

「クオちゃんも幸せになってね」

「うん」

「……さっきからうんしか言ってないよ」


 私は笑った。分かりやすい人だ。そんなクオちゃんが好きだった。今でも。好きで、好きで、好き過ぎて怖い。

 何も言わずに唇が重ねられた。私はそれを甘んじて受け止めた。私たちも、あの海みたいに混じり合って溶けちゃえば良いのに。そうすれば幸せなのかなあ。幸せにはなれるのかなあ。

 進んで欲しくない秒針は揺れる。朝よ来ないで、と口の中で呟いた。






091212

ー ー ― ー ー ー ー ー

張りぼてでこさえた笑顔/ルカ←グミ+リン

 落ちていく空の色は残像も残さずにくるくると変わっていく。忙しない情景だった。私はそれを廊下の窓から見下ろしていた。

 通り過ぎて行く人影の中の一つにちくりと胸が疼いた。それが私の好きな人と憧れの人だったからだ。私は私の友人が好きだった。性別は女の子。そのせいでどうすれば良いのか分からなくて、最近では上手く接することが出来なくなっていた。そんな友人と一緒にいるようになったのは、恋愛感情とは関係無く憧れていた女の子。長い緑色の髪に素直な性格、綺麗な歌声を持っている。敵う筈もなくて、無意識に私は友人の隣を空け渡すことになった。

 どろりとした感情は収まるところを知らない。こんな時、いつも私は戸惑う。悔しくて泣けなかった。負けを認める気はなかったのだ。それでも、蹲ることしか出来ない。自分の感情を否定するのが一番嫌だった。私は怖いのだろうか? よく分からない。


「グミちゃん?」

「……!」


 不意に声を掛けられ、慌てて立ち上がる。それは同じクラスのリンちゃんだった。あまり話したことはなかったけど、蹲っていた私を心配して声を掛けてくれたようだ。


「大丈夫? 気分でも悪いの?」

「う、ううん! ちょっと立ち眩みがしただけで、大丈夫だから!」

「そう?」


 言いながらもリンちゃんは、私の手にある鞄をさらりと取って持ってくれた。あ、と私が言う前に、その手によって制される。


「途中まで帰る方面同じだったよね? 一緒に帰ろ」

「……う、うん」


 有無を言わせぬ口振りに、思わず頷いてしまった。










 私達は落ちている銀杏の葉を踏んで歩いた。びゅうびゅうと風が吹いている。コートとマフラーを身に付けてもまだ肌寒い。鞄は返してもらった。リンちゃんに持たせるのは悪いと思ったし、身体的に具合が悪いわけではなかったから。


「もうすっかり冬だね!」

「うん、寒いねー」

 吐けば息も白くなる。もうじき枯葉の姿も見えなくなるだろう。普段から注意して見ているわけじゃないが、考えてみると寂しかった。

 リンちゃんは言う。


「グミちゃんは最近、ルカちゃんといなくなったね」

「……え」


 不意を突かれて驚いた。しかし、よく考えてみればリンちゃんはその理由までは知らない筈だ。私は自らの冷静さを促す。


「ん、そうだね。なんとなくなんだけど」

「本当に? ルカちゃん、ミクちゃんとばっかりいるから、てっきり喧嘩でもしたのかと思った」

「……ううん、喧嘩なんかしてないよ」


 それは事実だったし、彼女にはなんの問題も無いのだ。問題があるとしたら、私自身の方で。


「じゃあグミちゃん、なんでそんな顔するんだろ?」


 リンちゃんは首を傾げた。


「そんな顔?」

「グミちゃん、正直あんまり笑えてないよ」

「……!」


 私は愕然とした。バレていないと思っていたことが、まさか筒抜けだったなんて。私の反応を見たリンちゃんは苦笑を溢す。


「大丈夫。私、そういうことについての勘が人より良いみたいなんだ。他の人は気づいてないよ。特に、あの二人は」

「どうして……」

「どうして? だってグミちゃん、ルカちゃんのことが好きなんでしょ?」


 思わず息を飲んだ。再び疑問符を口に出そうとして、躊躇する。それが意味のないことだったからだ。


「…………そうだよ」


 少しして、私は潔く肯定の言葉を呟いた。リンちゃんは怪訝そうに眉を潜める。


「じゃあ、どうしてルカちゃんから離れたりしたの?」


 問われて、私はあの日のことを思い出した。今でも鮮烈な記憶として残っている。あの日、彼女はミクちゃんの歌声を美しいと褒めた。純粋な感動と尊敬の宿った目をしてミクちゃんのことを見つめていた。私は悔しくて悔しくて堪らない気持ちになったが、同時に気づいてしまった。知ってしまった。あの表情を引き出す術が、私にはないということを。

 現在の私は弱々しく笑っている。


「それはね、私が友人の席では満足出来なくなっちゃったからかな」


 理由にすらならないかもしれない。つまり、悪いのは私だけだった。いっそのことこの感情が紛い物だったら良かったのに。そう願った日々は、数え切れなくて。


「泣けばいいじゃん」


 リンちゃんはそんなことを言って私を抱き締めてくれた。でも、私は泣かなかった。どうして心を折ることが出来ただろう。


「ありがとう。だけどね、勝たなきゃいけないものがあるから、私は笑うんだよ」


 それが憧れの人であろうと。

 最後の言葉は飲み込んで、私は空を仰いだ。ほら、夜がくるよ。全部包み込んでいく。私の気持ちなんて知らないふりをするんだろう。卑怯だね、本当。






091210

ー ー ― ー ー ー ー ー

不器用なやつ/ミクリン

 本当の本当に馬鹿な人。敵は作るのに味方は作らなくて、他人にも自分にも厳しくて。皆が彼女を勘違いする。私も最初はそうだった。嫌いだと言う、好きとは絶対言わない癖に。弱くないと言う、強くもない癖に。影で努力してるのに、そんな態度はちらりとも見せない。泣かない。強情。意地っ張り。


「あんたやっぱり馬鹿でしょう」


 横たわる彼女の手を握った。それは酷く冷たかった。脆弱になっちゃって。


「馬鹿なのはあんたでしょ」


 彼女は気丈なふりをしていた。ぼろぼろな身体でよくもまあ言い返すもんだ。本当に口だけは達者なんだから。私にその戦法はもう通じないのに。


「ばかやろう」


 ありったけの憎しみを込めて私は言った。すると、彼女は珍しく困ったような表情をする。私は訊いた。


「なんでそんな顔するのよ」

「じゃあなんであんたは泣くのよ」


 言われて初めて目元を触ると、水滴が指にくっついた。私は毒づきながらも泣いていたらしい。涙を拭うのも億劫だ。第一、


「あんたのせいよ」


 睨んでやった。彼女が馬鹿なのが悪い。何も言わないところも悪いし、こんなになるまで頑張るなんて酷い。悔しかった。悲しかった。


「…………ごめん、リン」


 程なくして彼女が言った。私は驚いて顔を上げる。彼女に謝られるのは初めてのことだ。だって、彼女は人一倍プライドが高いから。彼女が少なからず反省しているのは分かったけれど、私はそんなに心の広い方じゃない。


「許さない」


 私は首を横に振った。彼女が手を握り返す感触がした。やっぱり冷たい。

 言葉はそこで終わりではなかった。


「……許さないよ。あんたが、いつもみたいに偉そうな歌姫に戻るまでは」

「…………馬鹿」


 馬鹿はあんただ。私は怒っているのに、抱き締めてくるなんて卑怯じゃないか。


「あんたが不器用なことなんて今更なのよ。隠されて倒れられちゃ堪ったもんじゃないわ」


 そんなの寝覚めが悪いどころの話じゃない。おまけに情に厚いなんてタチが悪いし、隠すならもっと上手く隠せよと思った。


「あんたもね」


 そう言った彼女が笑った気がした。こっちは泣いているのにいい気なものだ。後でどう仕返ししてやろうか。

 て言うか、


「いい加減離してよ」

「嫌」

「……」


 許した途端に傲慢な彼女に戻るなんて、一体どんな嫌がらせだろう。顔を上げた彼女は呆れ返っている私を見て、馬鹿みたいに強気に言った。


「歌も、地位も、リンも。もう誰にもあげない。絶対に手放さない」


 馬鹿な人。そんなことを言うからまた頑張る羽目になるのだ。上がってしまった体温を誤魔化すように、私は毒を吐いた。


「馬鹿ね、初音ミク」






091219

ー ー ― ー ー ー ー ー



お題元:愛執

何故、黄色い(ミクリン♂+レン)

「ねえ、アイドルのコンサートで『きゃー!』とか『わー!』とか言う女の子達の声のことを黄色い声って言うじゃない?」

「……! リ、リリリリンくん、黄色い声部分だけを抜き出してもう一回!」

「え? ……きゃー! わー!」

「……っ! ……っ!(床を萌え転がっている歌姫の図)」

「うわあ、初音キモい……て言うか、『きゃー』は兎も角、『わー』は言わねえよ」

「あれ、そうかな? 言わない?」

「言わない。お前の間抜けな声じゃあるまいし。確りしろよ、現役アイドル」

「えへへ……じゃあさ、『きゃー!』だけにしとくけど、あれってなんで黄色い声って言うんだろ。赤とか青でも良くない?」

「それはねリンくん、黄色い声はリンくんに捧げる為にあるから黄色い声って言うんだよ!」

「ええ!? 俺の為!? し、知らなかった!」

「そうだろうな、嘘だもんな。……本当は、ルーツは中国で、江戸時代に声を色で表すのが流行ったことからきているらしい。黄色は『ただ事ではない』と言う意味を表していたとか(パソコンでググりつつ)」

「なるほどぉ。確かに、リンくんを間近で見れるなんてただ事ではないわ……」

「歌姫の発言とは思えねえな……大体、しょっちゅう間近で見てるだろうが」

「ふん! レンくんは餓鬼だから解らないでしょうけど、私にとっては毎日がリンくんとのロマンスなのよ!」

「何言ってんの?」

「でも、そっかー……黄色い声にそんな意味があるなら、色を変えたり出来ないね。ミクちゃんを応援する時は緑の声が良かったのに」

「!! リンくん、それってすっごく素敵! リンくんが緑の声を送ってくれたら、私、もっと頑張れちゃう!」

「え、本当!?」

「うん! だから、その声を私のケータイのアラームにセットさせて!」

「……へ?」

「自重してくださいよ、歌姫さん」






110829

幽とルリでフルーツサラダ

 私は現在、幽平さんの家で夕食をご馳走になっている。どういう経緯でそうなったのかは尺の都合上割愛するが、茄子とベーコンのトマトパスタやチーズグラタンスープ、カプレーゼサラダなど、テーブルに並べられた料理はどれもお店顔負けで、幽平さんの多才さに改めて驚かされてしまった。彼にも他の人と同じように苦手なことってあるんだろうか?


「あ、そうだ……忘れてた」


 テーブルの上の皿の中身が綺麗に平らげられたところで、幽平さんがポツリと呟き声を漏らす。私は意外に思って訊ねた。


「どうしたんですか?」

「うん。デザートを作り忘れちゃって」


 あんな豪華な夕食の後に、デザート。それを聞いた私は目を大きくして驚いた。まるで本物のレストラン並みの持て成し方だと思ったのだ。


「あの、気を使って頂かなくても大丈夫ですよ?」


 私は恐る恐るという体で発言する。しかし、幽平さんが首を縦に振ることはなかった。


「いや、すぐに出来上がると思うから少し待っててもらえないかな?」

「……わ、分かりました」


 普段の無表情に加えて圧力のようなものを感じ、私はびくりとしながら頷く。すると、幽平さんは背を向けてキッチンの方へと行ってしまった。手伝おうとしても撤退命令が出されることは明白だったので、大人しくその背中を見つめていることにした。


「ん?」


 その時、足元を何かふわふわとしたものが横切った。慌てて視線を落とすと、そこには愛らしい子猫の姿が。私はその小さな体を抱き上げ、自然と微笑んだ。


「独尊丸じゃない。たくさん食べられた?」

「ニー」


 幽平さんの飼い猫である独尊丸は機嫌が良さそうだった。きっと、幽平さんが高くて美味しい缶詰めを開けてあげたからだろう。尻尾をゆらゆらと振って喜んでいる。

 そう言えば、デザートというのは一体何を作ってくれるんだろう?気になって視線を向けてみる。すると、幽平さんの手には色鮮やかなオレンジが握られていた。その手付きは実に鮮やかなもので、みるみる内にオレンジの実が露になっていく。拍手ものだった。しかし、オレンジを使って即興で出来るお菓子なんてあっただろうか?

 その後も、幽平さんはバナナとキウイを一口大に切り、ボウルに投下してヨーグルトと砂糖と白コショウを加えていく。それを透明な硝子の皿に盛り付け、ミントの葉を乗せたらいつの間にかデザートが完成していた。


「はい、お待たせしました。オレンジとバナナとキウイのフルーツサラダです」

「……お、美味しそう」


 私は呟いた。知識としてのフルーツサラダは知っていたけれど、実際に食べてみるのは初めてだった。幽平さんがフルーツサラダの皿をテーブルの上に並べる。私は膝から独尊丸を下ろし、銀色の小さなスプーンを握った。


「……」


 一口をじっくりと噛み締める。ヘルシーなんだけど、すごく贅沢な気分になれる味。フルーツヨーグルトとはまた違っていた。


「……美味しいですね。流石は幽平さんと言うか……御店で出しても売れるんじゃないかと思います」

「うーん、それはちょっと大袈裟だよ。ルリさんが気に入ってくれたんなら嬉しいけど」


 変わらない無表情で言葉を紡ぐ幽平さんに、私は迷うことなく頷いた。


「はい。正直言うと、すごく気に入ってしまいました。もちろん、この他に出してもらった料理も美味しかったです」

「……そっか。なら、また近い内にご馳走するよ」


 キウイをスプーンで掬いながら幽平さんが言う。しかし、私はその申し出をやんわりと断った。


「いえ、今度は私にご馳走させてください」


 その時は、幽平さんほど上手く持て成すことは出来ないかもしれないけれど、精一杯の愛情を込めて料理を作ろうと思う。






110328
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