パンケーキ


ocr3
2022.10.27 19:04
■「体操」
紙と鉛筆を用意します。この際の鉛筆は、何Bでも、FでもHでも何でも構いません。紙というのも、筆記に適していれば良いです。

まず、縦線をひとつだけ引いてください。次に、その縦線を、横線を2つだけ使って、ひとつの縦線を4つに分けてください。魚の骨みたいな分けかたです。
回答制限時間は回答例ひとつにつき、10秒。














◇7月28日。日本的には、夏。
過去最高だという今年は、とにかく暑かった。

夜中の虫の音、そしてカエルの大合唱を聞きながら、憂鬱に、就寝しかけていた、音海なえ(ねかい なえ)は小さくため息をついていた。
「あっつい……」
眠れない。
壁にかけてある丸い温度計は、40度近い気温を指し示しているが、彼女は冷房が苦手だ。だから、極力は暑さを我慢している。
しかしそれでも、この日の暑さは、特に耐えがたいほどつらかった。
こんなに暑いと、暑さに対するどうしようもない苛立ちを、思わず外の生き物合唱団に八つ当たりでぶつけたくなってきてしまう。ネグリジェから出している足が、まだ涼しいくらいだが、いっそそれを脱ぎ捨てたい気もしてくる。(さすがに、はしたないのでやめておくが)なんとか涼しさを求めようと、しばらく床や布団を転がってはみたが、やはりどうにもならないくらいに、暑い。(これに対しては、彼女にはしたないという感覚は無いのかもしれない)

とうとう、このまま寝ていても眠れないのでは、と、諦めて布団を這い出て起き上がる。
「……そうだ」
少し、夜の風に当たれば、気分も変わるかもしれない。
切り忘れるうちに伸びていた肩甲骨辺りまでの黒髪を雑にひとつにまとめ、携帯電話をストラップで下げた、ちょっと巻き毛の、クリーム色のくまちゃんを抱えて、縁側に向かうことにした。









それからしばらくの間、ぼんやり月を眺めて三角座りしていたものの、暑いものは暑いままだ。
でもまあ、寝ているよりは、こうやって居るほうが、気が楽かもしれない。
音海なえは、そう納得して、ひたすらぼやーっとする。寝室に戻るのもだるい。面倒だ。
――と。
ふと、振動を感じ、視線を衣服へと下げる。
「なんだろう?」
お腹にすわって、いつも通りにっこりしているくまちゃんが、小刻みに震えているのがわかった。
「んん?」
二度見して、よーく確認する。違う。くまちゃんではない。
「まあ、それもそうか……」
くまちゃんは、わたの詰まったぬいぐるみで、動力源はいないので当たり前のことだ。
きっと、携帯電話の着信だろう。首に下げさせていた電話をとり、通話ボタンを押す。半分寝ぼけ気味なので、何のための押したんだっけと思いつつ、ふわあと息を吐き、なんか急に眠くなったぞ、と、うとうとしていると、相手の声が少しずつ聞こえてくる。
『ねかいさん! 聞こえますか』
はきはきした、低めの少女の声だ。もしかして、と心当たりを考えつつも、一応確認した。
「んーだあれですか」
『桐乃屋 ヒロタです。夜中にすみません』
そう名乗ったこのときの少女には、ただ事ではない雰囲気があった。これは、ちゃんと聞かなくてはならないと、慌てて彼女は冷静になる。がぶ、と右手を噛んで、寝ぼけていた頭を、むりやり起こすと「どうした、きりりん」と、彼女なりの、彼女への愛称とともに、話を聞く体勢に入る。


☆ 1.きりりんと、おめざめ少女

ぼく、桐乃屋ヒロタは、音海なえさんの幼馴染だ。通っていた小学校で、同じクラスだった。小さな町の学校の、『複式』学級だったので、クラスが同じといっても、当時ぼくが小5のとき、彼女は小6だったけれど。そして現在は、ぼくは高校生。彼女は、働いているらしい。なにをしているんだろう? 
気になっているが、果たして聞いてもいいものなのか、判断が付かないので、言わずにおく。

「おまたせ」
星のない暗闇を背景に、ぼんやりと外灯を眺めていると、少しして、待ち合わせた公園に、彼女は小走りでやってきた。紫のギンガムチェックの長袖。その下に黒いシャツ。七分丈のズボンという、カジュアルな格好だ。
彼女なりに気を引き締めているようで、どうも、普段のふわふわオーラはどこへやら。そっけないというか、あっさりしていた。
こうしていれば、かっこいい大人の女性だとも、思えるのになあ。と、密かに考えてしまう。
たとえ、両腕で可愛らしいくまちゃんを大事そうに握り締めていてもだ。ちなみにこのくまちゃんにはそれなりな理由があるみたいだが、きっと教えてはもらえないだろうという気がする。なんとなく。

ともかく。ニュイイイイーーーンと、草むらのほうから聞こえる奇怪で甲高い何か(いったい、この闇の向こうに何が居るんだろう?)が、シャウトするのに負けないように、せっかく来てくれた彼女たちに、慌てて軽く会釈した。

「こんばんは。こんな遅くにすみません、《二人》とも、ありがとうございます」
遅くなくても、夜中に、呼び出すものではないかもしれないと思いつつ謝ると、音海なえさんは、きょとん、と目を丸くして、こちらを見る。
「遅くって。夜中の9時だよ?」
そう言って不思議そうに、首を傾げられた。

彼女の、包み込むような癒し系ボイスが、妙に耳に心地いい。とか、話に関係ないことを頭に浮かべてしまって、慌てて頭を振って、どう言葉を返そうか、少し考える。
夜中の9時だからこそさらに、夜8時には寝ている音海さんからそれを聞くと、罪悪感が募るのだけれど。
寝ているときに起こされれば、たいていの人はいい気がしないだろうし……
結局なにも言えないでいるうちに、言葉を読み取ってくれたらしい。「気にしないでいいよ」と、けらけら笑ってくれる。

「それに、今日は、寝てないんだよね。ものすごく暑かったから」
「そうなんですか。確かに今日、すっごく暑いですよね」
それならよかったと、安心をしながら。同意を示すと、彼女は小さく頷いた。
「うんうん――さて、きりりんは、何に、いったい困っているんだっけ? このまえみたいな事件?」

そして、ほわーっとした特徴的な声のまま、まるで童話か詩集でも読んでいそうな感じに、流れの雰囲気のまんまで聞いてくる。緊張しているぼくに、できるだけ動揺させないように、という配慮なのだろうと、理解していた。

「このまえとは、違いますが……困っています。ぼくだけじゃ、どうしても」
「ふうん、どんな話なの?」
    
そう聞かれたぼくが、手短に事件について話す間、彼女はずーっと、くまちゃんの手をにぎって向かい合い、《二人》の空間に入っていた。これで、話をきいているというんだから、不思議だ。くまちゃんと、会議でもしているのだろうか。
彼女なりにはかつて「前を向いて聞くと耳が後ろを向くから」なんて言っていたけれど。

■□■

――人を頼るのは、昔からなんとなく、罪悪感がある。
小さな頃から、『自分で何とかしなさい』という教育のもとで育ってきたぼくは、助け合い、とかいう言葉に、あんまりなじみが無かった。

それなのに。今。このとき。
そして、彼女と、同じ中学校で再会して、ぼくが一番最初に言った言葉は、《助けてください》だった。
……まったく、矛盾している。

中学校に入学してすぐのこと。桜が舞い始めた頃だ。
校舎の花壇で、掘り返された土に、捨てられるように投げ出された、あるものが入った『タイムカプセル』を、朝、たまたま通りかかって見つけた。すぐに先生を呼んだが、たちまちぼくは《危険人物》と疑われてしまう。簡単に言えば、第一発見者がそのまま疑われたのだ。新入生で、学校側にもまだこれといった印象もないぼくは、否定の声を聞いてもらえずに、職員室の前に連れて行かれてしまい、「待っていなさい」と先に中に入って行った先生を横目に、処分を想像しながら途方にくれていた。そんなとき、ちょうどそこに彼女が通りかかって、あっさりと疑いを晴らしてくれたのだった。

あのときから、自分だけでは、本当にどうしようもないとき、ぼくは、彼女に頼ってしまう。
あのときと、このときと、今。今まで何度も、彼女に救われてきた。普段、ふわふわー、としているようで、とても頼りになるひとなのだ。でも、やっぱり、気は進まない。ぼくにも、なにか、返せるものがあったらいいのに。
困り果てたぼくに対し、しかし彼女は、いつもおんなじように、にっこり笑って、答えてくれる。

「いーよ!」  
彼女の両腕に抱えられたくまちゃんの首に下げられたストラップが、不安定にゆれて、シャラン。と鳴った。





03.くまちゃん

「その方のお名前は?」
「ろーず」
「そっかあ」
「おねえちゃん、きりりんの彼女?」
「んーん。わたしはこのこと仲良しなんだよ」

荒れてしまったアパートの、玄関から入ってすぐ、ピンクのラグが敷かれていて可愛らしい、25インチテレビの置かれた一室では、ほのぼのと、小さな女の子と音海さんが話をしていた。近所の――音海さんと待ち合わせた公園のすぐ真横にあるアパートに住む、ゆいかちゃん。小学二年生の女の子だ。くりくりした目が可愛い。

ぼくも、たまに会うとお話したりする仲だった。ふたつに結んだ髪の毛の一部を、小さなみつあみにしていて、おしゃれだなあと思う。いつもお母さんが結んでくれるときいているが、きっと器用な人なんだろう。テレビのニュースでここ最近、隣町に出没すると語られている「通り魔」の被害にあったらしい。もっとも、彼女は無事だったのだが、被害者は、7月の27日――つまり昨日に旅行中だったという彼女が連れていた「ろーず」さんだ。それで現在、ゆいかちゃんは元気がないらしい。ぼくは何とかできないかと、悩んでいる。

「首が《無くなった》ぬいぐるみなんてごみでしょって……おかあさんが」
小さく、涙目で、しゃくりあげながら、彼女は目を潤ませていた。
ろーずさんはぬいぐるみだ。白くて耳が長くて、赤いリボンを付けていた。狐か何かかなとこっそり思っていたが、真相はわからない。

「ろーずさん、捨てられそうになったの?」
音海さんが、あえてはっきりと確認する。彼女は小さく頷く。
「うん」
彼女の両手に抱えられたそれ、は、綺麗に頭が刈り取られ、綿という内臓が首からはみ出しており、お腹のほうの生地は引っ張られたためか雑に引き伸ばされた跡があり、小さくてふわふわだった毛も、所々ではげてしまっていた。

「おなかは、おかあさんが、持ってこうとしたから」
「そっか。ろーずさんの頭は、誰が持っていると思う?」
「犯人」
きょとーんと、ゆいかちゃんは音海さんを見つめて答える。なるほど、表現が曖昧だったらしい。ある意味正解だろう。



「そうだね。犯人かもしれないね。その犯人の顔とか、特徴って覚えている?」

冷静に淡々と、音海さんはゆいかちゃんに改めて聞きなおした。
子供に聞いている》感を出さない流れの自然さには、感心してしまうが――

《「特徴って何?」 今度は単語の意味がよくわからなかったようすで、ゆいかちゃんはきつく眉を寄せてしまった。「しん……背の高いひとだった、とか、さきいかを眉毛と耳にくっつけてたーとか、車なみのスピードで走っている人類とか」
音海さんが、慌てて言い直す。
そんな人が最近ニュースで話題の通り魔である『手荷物切り裂き』犯だったら、別の意味で怖いなあ、とぼくは思いつつ、聞き取りを邪魔しそうだから心の中にとどめておこうと、黙って二人を見守る。とりあえずは伝わったようで、ゆいかちゃんは、しらない、と言った。
気になるならぼくが自分で聞きなさい、となるだろうけれど、あいにくぼくは彼女の思う『おとな』には入っておらず、今日遊びに来た際、元気の無かったゆいかちゃんがろーずさんを抱えて泣いているのを見たときに、声をかけたのだが「なんで、きりりんが聞くの?」と教えてもらえなかった。
切ないが、まあそんなものかもしれない。『遊び相手』と、『相談したいタイプ』には大きな差があるのだ。単にぼくは頼りないってことかもしれないし、もしかしたら、ぬいぐるみさんの世界の住人じゃないからかも。

ちなみにゆいかちゃんのお母さんは、夜遅くまで仕事らしい。彼女はひとりで鍵をかけておるすばんしていた。なにかあったらよろしくねと、昨日、母さん(近所付き合いがあるらしい)を通してうちに電話があったので、ぼくは放課後にここを訪れたのだけど、数時間遊んでいても、まだ、彼女のお母さんは帰って来ない。
彼女の唯一の存在だったろーずさんは、あの状態だ。頭、を持っていかれたので、ほつれを直すようにはいかない。
そろそろ、うちに帰らなくてはならないぼくだが、この――壁が剥がれたり、物が散乱していたりする――荒れた部屋を、悲しみのまま残された彼女がひとりで作り上げたのかもしれないと思うと、なんとなく、放っておきたくないような気がして悩む。 
うちに連れて来たらどうかというのも考えたが、それもまた、いろいろと躊躇う理由があるし、彼女のお母さんへの連絡手段がわからない。


仕事についての話などは、家庭でしない人らしく、ゆいかちゃんも、お母さんがどんなことをしているかは知らないらしい。帰りたい気持ちの反面で、彼女がどうしても心配だったぼくは、《解決策、安心させる、どうすれば》と脳内にワードを入力して、脳内検索をかけた。結果、もしかして『音海さん』のみが、ヒットしたというわけなのだ。

ぼやーっと脳内モノローグ作りなんかしてしまっていたら、突然、耳打ちされる。
はっ。いけないいけない。
「大丈夫?」
音海さんが、不安そうに顔を覗き込む。ぼくは必死に首を縦に振る。
「大丈夫です」
ぼくの元気アピールに、なにか悟ったのか、少し疑問の残るような目をしながらも、ならいいけど、と、彼女は追及しなかった。
「でも、まあつまり、うさぎちゃんのお顔を取り戻せば、この子の平和は守られるんだね? 了解したよ。出来る限りは、頑張るよ」
「はい。ぼくも出来ることはしますので」
うさぎちゃんだったのかと、内心で驚いていたら、おなかの横にあるタグを指差される。
見ると、《にくしょくハート ざっしょく うさぎ☆ ううちゃん》 と可愛らしいフォントで描かれていた。
「あ。ほんとだ」
(キャラクターものか……)
好物が気になるキャラクターだった。

その後。おねえちゃんたちが悪い人をなんとかするからね、と音海さんが言っていたら、ちょうど彼女のお母さんが帰ってきた。玄関の靴を見ていたからだろう。慌てたように部屋のなかにぱたぱたと走ってきて、「すみません、ありがとうね」と言い、ぼくらを見る。
少し濃い目の化粧が特徴的な、平均よりややふくよかながらも、綺麗な人で、肩くらいの髪を短くひとつに縛っていた。ほとんどお仕事をされているだからだろう。ぼくはあまり彼女には見覚えがない。



「おかあさん、ろーずさん、おねえちゃんたちが、見つけてくれるって」にっこりと笑ったゆいかちゃん。たち、という言葉に少し、心が温かくなった。
音海さんは《まかせて!》と、めったに見られない明るいノリでウインクしている。レアだ。お母さんはただ、疲れた顔で「そ」と、一文字で返事をして、ぼくのほうに向き直り、小さく頭を下げた。
「あのこのわがままに付き合ってもらってごめんね。また近いうちにお礼するから」
申し訳なさそうに、謝る彼女を見ながら「あ、いえ、お構いなく……」と答えて、わがままと、そうじゃない要求の違いって、そういえばなんだろうなあ、とかそんなことを、ふとぼくは思ってみる。

■□■

その後、二人と別れて外に出ると、先ほどよりも色を濃くしている空が見えた。
なんらかの生物は、もうシャウトを止めているみたいで、辺りは静かだ。
公園でブランコをこぎながら、三人で(くまちゃんは音海さんの、上と下二つのボタンだけ留めたシャツの中で、星空を見ている)しばらくぼーっとした。
「くまちゃんによると、旅行に行っていた日も、お母さんはお仕事だったのかも」
音海さんは、ふわふわした声で、唐突に言う。
「なんでそれがわかるんです?」
ぼくは聞き返しながら、速度の落ちてきたブランコに、再び膝で力を加える。(立ち漕ぎ)彼女はお腹に座っているくまちゃんと向かいあい、数秒目を合わせ、それから、うーん、と唸っていた。会話しているのだろうか。

彼女にはいったい何が聞こえているのかは、ぼくにはわからない。
少ししてから、音海さんは話がまとまった、というように、答える。
「お母さんと行ったとは聞かなかったし、お母さんは、『遊んでいて首を取っちゃったんでしょ』みたいな反応をしていた。きっと、その場に居なかったんじゃないかなあって」


「ああ。そうなんですか。でも、それなら、《そんなに大事にしないなら捨ててもいいだろう》と、あのお母さんが考えたってまだ、不思議じゃない、のかもしれませんね」

そういえば、うちの母がそんな感じだった。
子供の言うことにはあまり耳を貸さないというか。子ども扱い自体がそもそも存在していないというか。良く言ってみれば、しっかりしていたけれど、子供にもあまり容赦はなかった。そんな母と彼女が意気投合しても、不思議ではないのかもしれない。
(っていうか。どこで会っているんだろう。二人が一緒に居る場面にいまだ遭遇したためしがないので、謎だ)

「……にしても。今の子供って行動力あるね。ひとりでっていうか、ろーずさんと二人っきりで旅行って」
ふと、音海さんが、思い出したように、しみじみと呟く。
「ですよね。近場なら不可能じゃあないと思いますが」
「あの子、ニュース、見るのかな」
正直、ぼくは彼女にはあまり、そんなイメージがわかないが、人は見かけよらないので、なんとも言いがたい疑問だった。
「どうでしょう。少なからず、テレビ付けたらどこかしらに出ていましたよね、あの事件」
「きりりんは、小さい頃、何を見てた?」
興味深そうに聞かれた。何、とはなんだと一瞬考えて、すぐに番組のことだと思い当たる。
「ニュースくらいですね。内容は、今よりよくわからなかったですけど、でもなんか、今日こんなことがあった、って気になって――漠然と、把握した気になるというか」
「あー私、天気予報……図の意味とかよくわかってなかったけどね、なんか好きだった。洗濯日和もわかるし」
「なるほど」




別にぼくがニュースを見ていたというのは、それなりに自然というか、音海さんの前で賢く見せたいとか、そういうことじゃない。恋とか友情、世界や正義を把握するのも、それはそれで、小さい頃は特に、結構難しいのだとぼく自身としては思っていて、実際、小学生のときに皆がはまっていた恋愛もののアニメの方が、ぼくには難解で付いていけなかった覚えがあり、あまり観なかったのだ。

それよりは、今日こんなことがあった、という方がわかりやすく思え、まだ興味があった。音海さんは、明日が晴れるかが気になっていたらしい。こういうのぼくだけではないんだなあと、やや音海さんに親しみが沸く。
少しは大人になった今だって、ぼくに愛とか友情とか正義とか悪とか世界とかは、やっぱりいまいち、ピンと来ていないのだけれど。
……いや。それよりも。ぼくたち基準でゆいかちゃんの好みを把握するのは、結構無理がありそうだ。っていうか、好み調査をしているのではないんだったか。うーむ、と唸って、すぐにろーずさんを思い出す。
「あ。でも、あの、彼女が持っていたウサギちゃん、あれ、なんかのキャラクターじゃないですか?」
「きりりん、あれは最近やっているアニメのキャラクターだよ。女の子に人気らしい。朝6時からなんて、私には見られないけど」
目をこしこしと可愛らしく擦って音海さんは眠そうだった。現在時刻は、10時を廻ろうとしている。リアルタイムで観なくても、録画すればいいじゃないですか、なんてここで言ったら、空気が読めないやつってことになるんだろうなあと思いつつ(彼女はそこまで睡眠ほどには情熱をかけないだろう)、そうなんですかと言っていると、明日は土曜日だけどようじある? と聞かれた。ないですと答えると、彼女は眠そうな顔で笑った。
「良かった! じゃあ明日五時半に起こしてね!」
最後の最後、元気に伝えて、彼女は力尽きた。







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