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『フランケン・ガール』





我が名は不乱堂健(フランドウ・ケン)博士。
通称“フランケン”



人間と動物のDNAを掛け合わせた生物や、クローン人間、死体を再利用したサイボーグ兵士等…


数々の狂った実験のために、社会からは疎まれ、学界からは爪弾きにされたマッドサイエンティストとは、この儂のことじゃ。




助手の番場伊夜子(バンバ・イヤコ)は、若くて美人で聡明だが、どうやらわしの莫大な財産を狙っているらしい。


わしは御年85。

異常者で、醜く、老い先短い儂に、こんな美人がノコノコと近づいてくるはずがないのだ。



さて、どうしてくれようか…?



「博士。ご機嫌麗しゅうございます♪今宵も月が綺麗ですわね」



絹の様な金髪を靡かせながら、儂に身体を寄せる伊夜子は確かに美しかった…。


もはや、性欲とは無縁な儂だが、伊夜子の蠱惑的な表情と健康的な肢体には抗い難い魅力があった。


「さて、博士!今夜はいよいよ新型ウイルスと生物の融合ですね♪これが完成されたらきっと世界中の軍事産業が黙っていませんよ」



女狐め…。

実験用の儂のペット、マイケル(チンパンジー)をすっかり飼い慣らして肩に乗せながら儂に微笑みかける。



猿は騙せても、儂は騙されんぞ。



「そうじゃな。アレが成功すれば画期的な新兵器になるはずじゃ…じゃが、その前に…」


儂が持っていた端末のボタンを押すと、伊夜子の座る椅子の周りから鉄の拘束具が飛び出し、彼女の身体の自由を奪った。



「きゃっ…!?…は、博士…一体これは何の真似ですか…?」


身動き出来ない身体のまま、伊夜子は驚きの表情で儂を見つめ返した。


「とぼけるなよ…女狐め…お前が儂の財産を狙って近づいたのはとうにお見通しだ…じゃが、儂はまだおぬしにやられるほどボケてはおらんぞ…」



儂は、拳銃の撃鉄を引いた。



「博士…?一体何のことですか…?わたしは、ただ…世間からどんなに非難されようと信念を曲げない貴方を尊敬していただけです…」


伊夜子は涙を流していた。


その言葉は、何故か悲しげで真実味を帯びていた気がした。


じゃが、女狐め。
女の涙ほど危険なものはない。


「黙れ!黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ!!!儂は騙されんぞ!?」


儂は迷わず引き金を引いた。


研究所にコダマする凶悪なる銃声。



「博士……!?」


伊夜子のコメカミ辺りが赤く弾けた。


その勢いで椅子ごと倒れ伏す。





儂は、生死を確かめる為に、彼女の顔を覗き込む。


もはや、伊夜子は息も絶え絶えのまま血溜まりに臥せていた。


「は、博士…」


「なんじゃ…まだ言いたい事があるのか…?」

再び、拳銃を向け発砲しようとした時、伊夜子の言葉は儂の胸を抉った。


「博士…わたしは貴方をその孤独の苦しみから解放してあげかっただけなのです。でも、信じてもらえなかったのはわたしの不徳ですわね…ふふ…」


「…なんじゃと…!?」


「博士…不乱堂博士…わたしは貴方を愛していま…し…」



彼女は、その可憐な瞳を見開いたまま息絶えた。


最後に、何を言いたかったのか…。


今となっては知る由もない。


ただ、一つ分かるのは、儂が取り返しのつかない事をしでかしてしまったということ。


「伊夜子……儂は…お前の愛を受け入れられなかった…じゃが、まだ遅くはないぞ…!儂はお前を必ず…」


博士は発狂したかの如く叫ぶと、伊夜子の遺体を抱え、そのまま研究所のラボへ入っていった。











数ヶ月後―――



不乱堂博士は不慮の事故で、この世を去った。


葬儀に参列する者や墓に花をやる者は居ない。



唯一、

黒衣の金髪の娘がただ一人佇むのみ。




娘は、死人の様な蒼白な顔に、生まれたての小鹿の様な覚束無い足取りで墓地を後にした。



「行くよ…マイケル」


チンパンジーのマイケルが、その後を追う。




「この身体…慣れるまでにまだ時間が掛かりそうじゃな…のう?伊夜子…?じゃが、儂らはいつまでも一緒だよ…」




娘は一人呟いた。











《END》



※エムブロにて初出12.10.20
『Dr.フランケンの遺産』改題

『幼なじみ』









古色蒼然とした京都の街並みが雨に濡れる。


商店街を抜けた、民家の並ぶ一角に僕の真藤家と山室家が並んでいた。


止まない雨。


窓際から顔を覗かせる僕の隣には、軽く寝息を立てる君。


さっきまで身体を重ね合わせていた亜利沙が横で寝ている。



お互いに初めてだった。


亜利沙の母親が帰ってくる前に、そろそろ姿を消そうか。









「健ちゃん…うちは健ちゃんのこと、昔から好きやったで?」


突然の告白。


高校2年になって、久しぶりの会話がこれだった。



亜利沙の山室家と、僕の家、真藤家は先々代からのお隣同士。


もちろん、亜利沙と僕は小さな頃から兄妹のように仲良く、ともに遊び、時には食事をし、お互いに学校に通うようになると一緒に登校するぐらいの仲良しだった。




だけど、お互いに思春期を迎えると、変に意識するようになり、僕は男友達とばかり遊ぶようになり、彼女と言えるかどうか分からないけど仲の良い女友達も出来、亜利沙は亜利沙で違う高校に進学したこともあり、2人の仲は疎遠になっていった。



登校の時も、軽く挨拶をする程度。


それぞれ違う方向へ進み、会話もほとんどなかったに等しい。



昨日までは…。



「あっちゃあ…こりゃ酷い雨だぁ…」


天気予報を恨みながら、僕はスーパーの前で雨宿りしていた。

そこへ、現れたのが亜利沙だった。


「健ちゃん…」


「亜利沙…?」


長い髪と制服を肩までグショグショに濡らした亜利沙が、同じくびしょ濡れの僕を見て驚く。


乱れたポニーテールを触りながら、気まずそうに空を見つめる亜利沙の首筋が妙に生々しく感じた。


「凄い雨やね…」


「ああ…」


僕のいやらしい視線を見透かされた様な亜利沙の強い瞳に僕は釘付けになった。

もともと色白だった亜利沙だが、久しぶりに見た肌は、ますます色気と深みを増したように綺麗になっていた。


そんな思念を誤魔化すように、僕は適当に会話をする。


「久しぶりやね……元気?」


「ん〜…あんまり元気やない!パンツまでびちゃびちゃやもん…早く温いお風呂入りたいわ〜」


「僕もや」


「そや。健ちゃん、うち来るか?」


「なんで?」


「今日、うちは母親帰るの遅いねん。久々に遊ぼうよ」


「隣同士やないか。僕は帰るで」


「野暮なこと言わんとき。オナゴの誘いは断ったらあかんで」


「うっ…」


確かに、僕は亜利沙の肉体に欲情したけど、僕には彼女がいる。


亜利沙は嫌いではないが、特別な感情はない…と、思う。


それに、2人は久々に会ったばかりだ。





「なぁ、健ちゃん…うちは健ちゃんのこと、昔から好きやったで?」


突然の告白。


一瞬、何を言ってるのか分からなかった僕は戸惑いすらなかった。


「…………そうなん?なんやねん。藪から棒に!」


しかも、土砂降りの中でのシチュエーション。
2人は、止まない雨に覚悟を決めて、ついに走り出した。


そんな折りに亜利沙が口走った言葉。



「あ〜言ってもうた!めっちゃ恥ずかしいわ〜」


「僕も恥ずかしいけどな…」


「…でも、今日会えて良かった。うちなぁ…」


「…なんや?」


「まあ、ええわ!とにかく家上がり!」








はぐらかされたまま、2人は誰も居ない山室家に入る。

亜利沙は先にシャワーを済ませ、頭にタオルを巻き、最近流行りのミニの浴衣を羽織り涼んでいた。


僕は、久々に上がった山室家の食卓やお風呂に感嘆していた。


(変わってないなぁ…)


7年ぶりぐらいだろうか。


小さい頃は、この冷蔵庫から勝手にアイスを出して食べていたのを思い出す。

亜利沙のお父さんがついでに僕にビールを頼み、それを持っていく。

何もかもが懐かしく思えた。

そんなお父さんも5年前に癌で亡くなった。

それ以来、亜利沙の母親は女手ひとつで家計を支えていた。



環境は変化したけど、冷蔵庫の位置や風呂の場所は変わりなかった。

この狭い風呂も、昔は亜利沙と一緒に入った記憶がある。

もちろんお互いに小さかったから何もなかった。当たり前だが。


そんな感慨に浸りながら、身体を拭いていると亜利沙の足音が聞こえた。


「健ちゃん、お父んのお古があったで。とりあえず、これ着とき…」


なんの躊躇もなく風呂の扉を開ける亜利沙。

僕は咄嗟に股間を隠すのがやっとだったが、手遅れだったようだ。


「あ………ゴメン…」


「い、いきなり開けるヤツがあるか!」



亜利沙は、顔を赤らめ、その大きな瞳を更に大きくしながらも視線を逸らす。

僕は、とりあえずタオルを腰に巻き付けた。


亜利沙は、自分が持ってきた“お父んのお古”とやらを僕に投げつけた。


「うおっ…っ」


「これ、着とき!」


「あ…ああ、サンキュー…」


気まずい沈黙を破ったのは亜利沙の方だった。


「…健ちゃん…ボーボーやな…」


口を押さえながら、いたずらな視線を僕の股間へ向ける。


「なっ…お、お前かてどうせボーボーやろが!?」


「うちはツルツルやもん!」


「嘘こけ!!」


「嘘やないで!健ちゃん、うちのアソコ見たんか?」


「見なくてもわかるわ!!」


だが、亜利沙のクスクス笑いがますます止まらない。


「…なんや?」


「…健ちゃん…想像したやろ?…大っきうなっとるでぇ……?」


そう。
不覚にも僕は、亜利沙の裸体を想像し、反応してしまったのである。


「あっちゃあ…こ、これは…」


必死に股間を押さえる僕だが、このシチュエーションを一体どうやって説明したらいい?


だが、亜利沙が意外な行動に出た。

羽織っていたミニの浴衣の裾を、自ら捲り上げたのだ。


「ええよ…健ちゃんなら見せたるさかい…」



亜利沙は、下着を着けず、素裸の上にただ浴衣を羽織っていただけだった。


初めて見る亜利沙の…いや、初めてと言うのは語弊があるが…


白い太股の間の淡い茂みに包まれた亜利沙のアレは、シャワーのあとだからか、少し濡れている様に瑞々しかった。

顔を赤らめながら、上目遣いの瞳で僕を見詰める亜利沙。


「…どや?ツルツルやろ?」


「ああ…ホンマなやぁ…」


目を逸らさなくてはいけない心と裏腹に、僕の瞳は一点に集中する。


僕の不肖の“息子”が、ますます反応したのは言うまでもない。


恥ずかしそうに、裾を直しながら、亜利沙が近づいてくる。

洗い立ての髪とオンナの匂いが僕にまとわりつく。

爆発寸前の僕は、思わず亜利沙の肩に手を回した。


そのまま、僕に凭れかかる亜利沙。

柔らかな胸の感触がますます僕を刺激した。

目を瞑る亜利沙。

僕は、そのままのし掛かるようにして亜利沙にキスをした。


「………んん…」


「亜利…沙…」


目を再び開くと亜利沙は言った。


「かんにんやで。健ちゃん…あんたには彼女おるんやろ…?」


「あ…ああ、まあね」


「けどな。うちは最後に健ちゃんに会いたかった。ゆっくりと遊びたかっただけなんや…」


「最後に…って、なんや?」


頬を、僕の肩に乗せながら亜利沙は泣いていた。



「うちのお母んがな。再婚することになったんや。それでな。来年には此処を引っ越さなあかんねん…そしたら、もう健ちゃんとは会えなくなんねん…」



さっき、風呂場で回想していた山室家の思い出。

そして、亜利沙や亜利沙の両親との記憶。


それが、再び走馬灯のように甦って胸を去来した。


「寂しくなるなぁ…」


僕は再び、亜利沙を抱き締めた。



「中学ぐらいから、うちら段々疎遠になってたやないか?最後にゆっくり会いたかったんや。きっと死んだお父んの導きやな…」


「ホンマにそうやな…」


「健ちゃん…うちのこと、好きか…?」



失われそうになり、僕は初めて気づいた。

僕は昔から、亜利沙が好きだったんだ。


きっと、これが“初恋”だったのだろう。


「ああ…僕も亜利沙のこと…」


「……なんて?」


「…好きや…」


「…ありがと…健ちゃん…」


知らず知らずに、僕は亜利沙の丸い乳房に埋もれ、指は脚の間を這わせていた。


「…離ればなれになっても、うちのこと忘れんでな…」


「当たり前や…」


僕の指の動きに、亜利沙の身体が反応し、痙攣するような動きを見せる。


「あっ……んん…」


「…痛かったか…?」


ううん、と言うように首を振る。



亜利沙の唇が、僕の耳に近づく。
再び、泣いているようだった。


「うち嬉しい…」


「僕もや…」
















知らないうちに雨は止んでいた。


空にはうっすらと七色のアーチがかかっている。




半年後、淡く甘い思い出とともに、亜利沙と母親は去っていった。



さよなら。



僕の初恋。













※初掲載2012-07-06(ブログリ)



《完》

【終章】『ビアンカとマトリョーシカ』








「…久しぶりだね。ヴァージニア♪」


「そうね。ビアンカ…まさか、あなたがこんなボロアパートに住んでるなんて思わなかったわ(笑)」


「……ボロだけ余計じゃない?」


ムカつきながらも、ビアンカは親友であるヴァージニアを奥に通した。

いかにもビアンカらしい質素な…悪く言えば地味な佇まいの部屋だった。


「へえ…陽当たりもいいし…思ったよりいい所みたいね?」


「…どう致しまして。何か食べる…?」


おもむろにビアンカは、部屋の戸棚を物色し始めた。


「お構い無く…あたしは紅茶だけいただくわ…あら?」


その時、彼女は隣の部屋からガサゴソと音が聞こえてくるのに気付いた。


「…マルコはもうお帰りなの…?それとも、ミカエラが来てるのかしら…?」


「あっ…あれ?…ウサギを飼ってるの…凄く可愛いんだよ…」


「あ、あなたがウサギを?…どれどれ見せて…」


隣の部屋に行くと、小さな小屋の形をした柵の中で、真っ白い綿の塊の様な生き物が蠢いていた。


「きゃー♪かっ可愛い…」


「マトリョーシカって名前なの…」


「マト…?…あ、あなたのネーミングセンスには付いて行けそうもないかも…」


「…なんで?可愛いじゃない?」


そのマトリョーシカは、真っ白い綿の様な毛皮に、真っ赤な瞳を震わせながら2人を見詰め返していた。


「ハイスクール時代に校舎でウサギを飼ってたことがあるの。わたしの唯一の友達だったの。それを急に思い出して…」


「あら?あなたにもハイスクール時代なんてあったんだ…?」


「あったよ!?あんただってあったでしょ!?」


「まあね。最近、同窓会があったけど、誰もあたしだって気づかなかったわ…うふふ…」


「…でしょうね…」


そう言って、マトリョーシカを抱き上げるヴァージニアの紅い瞳とウサギの瞳を見比べるビアンカだった。


「お…美味しそう…(ジュルリ…)」


「Σ(゜ロ゜;ダ、ダメ!絶対、食べちゃらめぇええ!?」


睨み付けるヴァージニア。


「た…食べるわけないでしょ…」


「…だ、だって…あんたが言うとシャレになってないよっっ」


「あははははは♪それもそうね!(≧∇≦)」


その時、部屋の片隅で黒い物体が目にも止まらぬ速さで横切った。


「えっ…?」


「ネズミ!?」


「ビアンカ…あなた、ネズミまで飼ってるわけ?(笑)」


「か、飼ってない!!」


急いで立ち上がると、恐るべき俊敏さで箒を掴みネズミを追い回した。


「…なんて、逃げ足の早いっ…」


箪笥の隅に追いやられたネズミは、ビアンカのあまりの素早さに逃げ場を失った。

か細い鳴き声が哀れみを誘う。


見兼ねたヴァージニアが声をかける。


「…ちょっと…ビアンカ…およしなさいな…」


「なんでよ!?…最近、マトリョーシカの餌が無くなるから変だと思ってたんだ…台所の野菜もかじられてるし…こいつの仕業だったんだよ…」


「可哀想でしょ…」


「可哀想…?なんで?マトリョーシカにも被害が及ぶかも知れないでしょ!?」


「ウサギもネズミも、同じ仲間でしょ?…同じげっ歯類なのに…なんでネズミだけ撃退するの?」


「はっ…」


「あなたのやってる事は…あなたが“人間”にやられた事と同じではなくて…?」


箒を持ったまま、立ち竦むビアンカ。


怯えるネズミの姿に、かつて人間に迫害されていた頃の自分の姿を重ね合わせていた。


「ヴァージニア…わたし…」


「人間は勝手な生き物ね。ウサギは見掛けで可愛がるくせに…ネズミは害があるからって煙たがる…。あたしも同じ様な目に遭ったわ…あなただってそうでしょ…?」


「…ヴァージニア…」


箪笥の隅で怯えていたネズミは、そのまま2人の前を猛スピードで走り去って行った。


「…どうしたらいいの…ヴァージニア…?」


「あなたの気持ちだってわかるわ…でも、ビアンカには、あんな人間達と同じになって欲しくないの…」


マトリョーシカを渡すヴァージニア。

優しく包み込む様に抱くビアンカ。


「ごめんなさい…だって…わたしだって…この子を守りたかっただけだから…」


「わかってる。あたしはそんなビアンカの優しさが好きよ…」


「ヴァージニア…ありがとう…忘れかけてた大切な事を思い出させてくれて…」


「ふふ…どう致しまして…じゃあ、この子いただくわ♪(ジュルリ…)」


「そ、それは…らめぇええ!?」







【終】



初掲載2011-01-13

『ヴァージニア外伝Y〜Under a violet moon(月下酒宴)』








「ねえ、ルカ…」


「うん……?」


紫色の月明かりの下、ルカとヴァージニアの2人は杯を交わす。


それは、毎夜の趣向だった。


夜の静寂(しじま)…


月明かりと、森の生き物達だけが2人を暗闇から見つめていた。




「あたし達に子供が出来たら、その子は人狼…?それともヴァンパイアなのかしらね…?」


血潮の如き深紅のワインをグラスに注ぎながら、彼は彼女の瞳を見た。


「子供が欲しいのか…?」


彼女は、おもむろに頷く。

心なしか、その紅い瞳は潤んで見えた。


ルカは、皮肉な笑みを洩らすとグラスを置き彼女に顔を近付けた。


「人肉食いの吸血鬼だろうな…ふふふ…」


「ルカ……あたしは真面目な話をしているのよ…」



不意に、ヴァージニアの瞳から紅い光が洩れた。


彼女は泣いていたのだ。


「…どうした…?」



「ルカ…あたし怖いの…」


「何が…?」


「あたしの子供が、あたしと同じように虐められるんじゃないかって…」


「…そんなことは我輩がさせるものか…」


不意に、ヴァージニアは、人間だった頃の記憶が鮮明に甦り、唐突に涙が止まらなくなっていた。


「あたしの子に…あんな思いはさせたくない…」


「泣き上戸だったのか…?ふふ…心配するな。君と我輩の子供ならそんな目に遭うはずがない…」


だが、ヴァージニアの慟哭は未だに止まらない。
俯いたまま、彼女は肩を震わせていた。



「ヴァージニア…泣くな…」


やおら、彼女の肩に手を伸ばす。


「…聞くんだ…」


「……ルカ?」


「…もし、我々に子供が出来たら名前はどうするかな…?」


「子供の…名前…?」


「そうだ。吸血鬼の我輩と人狼のキミの子に相応しい名前を考えるとなれば厄介だぞ…」


「名前…そうね。どんな名前がいいかしら?男の子なら、エリック、アンソニーなんて響きが素敵じゃない?…それとも、無難にルカJr.…かしらね?」




「“ドラキュラ”…なんて、どうだい?」



それを聞いたヴァージニアは刹那、呆気に取られた。


「は…?ドラ…キュラ…?」


「そうだ。“ドラキュラ”…素敵な名前だろう?」


ヴァージニアは吹き出した。


「……ぷっ…あは…あははははは…♪…ルカ、あなたにも冗談が言えたのね…!?…あははははは…ああ〜可笑しい…」



「我輩は真面目だ…」


その言葉通り、ルカは仏頂面のまま彼女を睨み返しながらワインを口に運んだ。



「あははははははは!!…ルカったら…♪」


「そんなに可笑しいか…?今度は笑い上戸か…?」


あまりに楽しそうな笑い声に、ルカもいつしか笑みが洩れていた。


「そうね。ドラキュラもいいけど、ルイやレスタト(※)もよろしくってよ♪あははははは…」


「女ならクローディアか…?ふふふ…」


「あははははははは…♪」


「ふふふ…」









月明かりの下、グロウ・イン・ザ・ダークの如き2人の姿と笑い声は絶えなかった。



それは、闇の血族のみが知る夜の静寂と安らぎの一時だった。








初掲載2010-11-21




※ルイ、レスタト、クローディア…それぞれ、小説(及び映画)『インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア』に登場する吸血鬼一族の名前。



【インスパイアされた楽曲】

◆Blackmore's Night - Under a Violet Moon Live
www.youtube.com
※ヴォーカルのキャンディス・ナイトはミカエラのモデルです。





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『ヴァージニア外伝X〜Witch's nightmare(魔女の夜)』











「あれは…クローディア…!?」


淡い紅い瞳を、驚愕の表情で見開いたヴァージニア。


雑踏の中、一人立ち竦む。



今宵はハロウィーンの夜。



人々は一夜の狂騒に酔いしれる。


魔女やお化け、カボチャのジャック・オゥ・ランタン等の扮装をした子供や大人達が街に繰り出しお祭り騒ぎ。



不意に、彼女はこのフェスティバルにフラリと出向いた。


特に意味はなかった。


自分の故郷である南欧アークランドの地元の祭りを急に懐かしく思ったからだ。



地元では、凶悪な殺人犯として知られているかも知れない。


しかし、彼女自身の面相があまりに変貌しているために、まず身バレする心配はない。


事実、噂では“毛むくじゃらの多毛症ヴァージニア”は死んだとか、精神病院にいると言われているらしい。


「うふふ…おかしい…♪」



オレンジと黒で着飾った街を練り歩くヴァージニアは、いつもの様に黒いロングコート。


ハロウィーンに合わせてマスカレード風の蝶の形のグラスを掛けていた。



途中、何人か見知った顔と擦れ違ったが、まさかここに“毛むくじゃらのヴァージニア”がいるとは誰も気付かない。



街はまるで魔界から飛び出した様な奇怪なデーモンや百鬼夜行が溢れ「悪戯か、お菓子」と催促する。



「まさか、本物の“狼女”が紛れ込んでるとは誰も思わないでしょうね…♪」


自分がかつて飼い猫の仇と殺した小さな兄妹の様な子供達が、赤い悪魔やワンダーウーマンの扮装で、自分にお菓子をねだる。



ヴァージニアは、その子供達の頭を撫でながら、ポケットから飴玉を渡す。


「可愛い…♪嗚呼、ルカも連れて来たかったわ…」



人間嫌いのルカは、絶対に街中で自分と行動を共にしないのは分かっていた。

しかし、一抹の寂しさを覚えたのは確かだった。


不意に、ルカとの間にあんな子供が居れば…

と、思い返し顔を赤らめるヴァージニアだった。


(そうよ。子供が出来れば…ルカだって…)



一向に後継ぎを作る気のないルカにヤキモキしながら、未だ新しい命が授かりそうにない自らの腹部を擦ってみた。



「闇の生き物は個体の生命力が強すぎて子孫を残す概念が希薄なのだわ…きっと…」



溜め息をつきながら、おもむろに露店を見ると、そこに見覚えのある車椅子が目に入った。


其処に座る主は、赤い髪を腰まで伸ばした色白の娘。


前髪は眉毛の前で真っ直ぐ切り揃え、メガネをかけた地味な顔立ち。


「あれは…クローディア…!?」


彼女は覚えていた。


ハイスクール時代まで、ずっと虐められていた自分の唯一の幼なじみで味方だった車椅子のクローディア…



彼女は、生まれた時から四肢に異常があり、特に脚は完全に関節が動かず、車椅子生活を余儀なくされていた。


毛むくじゃらで常に疎外されていたヴァージニアにとって、唯一話し相手になってくれていたクローディア…



だが、そんな彼女も途中で親の転勤で離ればなれになってしまい、そこからが再びヴァージニアの地獄だった…



彼女は、クローディアの姿を見て、懐かしく思う反面、あまりに変わってしまった自分の姿に、会っても気付いてもらえないであろう寂しさを感じた。



露店でジュースを買うフリをして、彼女に近づくヴァージニア。


クローディアの周りは彼氏らしき男性や、仮装した友達や子供達に囲まれ、楽しそうに談笑している。



「…そう。その赤いジュースをちょうだい…」


不意に、黒いロングコートの女の姿を気に止めるクローディア。


「あいよ♪ブラッディ・コーク!!」


店の親父はヴァージニアからお金を手渡されると、赤い液体の入った瓶を渡す。


「ありがとう♪」




「ヴァージニア…!?」

不意に、クローディアが彼女に向かい声を発した。


「えっ…!?」


「あなた、ヴァージニアね…!?そうでしょ…?」


「え…いいえ、あたしは…」


赤い瓶を落としそうになりながらも、クローディアに対し振り返る。


(…どうして、あたしだと分かった…?姿形は全然違うのに…)



「ひ、人違いじゃなくて…?あ、あたしは…ヴァージニアじゃ…」


「雰囲気は変わったみたいだけど、声は変わってないよ!良かった♪元気そうじゃない!!」


注目が集まる。


覚悟を決めて、仮装のグラスを外すヴァージニア。


「クローディア…?」


「嗚呼、やっぱりヴァージニアだったのね♪会えて嬉しいわ…」


「あ、あたしだって…」


不意に、その紅い瞳を熱くするヴァージニアだった。








街の喧騒から離れ、誰も居ない静かな丘の上の木陰に二人きりになる。


クローディアの車椅子を押しながら、ヴァージニアは微笑みが止まらなかった。


「…そう。色々あったのね。お互いに…」


ヴァージニアは、自分がフリークス・サーカスに売り飛ばされたことや、ビアンカやルカ達との出会いを細部をボカシながらもかいつまんで話した。


クローディアも、自らの転校先での出来事や、不意に故郷を思い出し、彼氏や友達と一緒に地元のハロウィーン・パーティーに来たことを話した。


「…なんだか、導かれたみたいね…」


「不思議ね…」


刹那の沈黙。


そして、クローディアはヴァージニアの紅い瞳を覗き込む。


「不思議なのはあなたよ!一体、どうやったらこんな綺麗な姿になれるの?」


「えっ…?」


「あなたは、もともと綺麗な碧眼だったけど、紅い瞳もとっても素敵だわ…♪」


まるで、キスでもするかの様に覗き込むクローディアに戸惑うヴァージニア。


「…クローディア…」


今度は、ヴァージニアの栗色の長い髪を触りながら、更に顔を近付ける。


「…あなたは、身体中剛毛で覆われていたわね…それが、今やこんなサラサラなのね…肌だって…」


今度は頬を擦る。


戸惑うヴァージニアだが、悪い気はしない。


いつしか、クローディアは車椅子から降り、ヴァージニアの肩にもたれ掛かり頬にキスを繰り返していた。


「…あなた。彼氏がいるんでしょ…?」


「関係ないわ。今はあなたに会えた嬉しさでいっぱい…」


「あたしだって嬉しいわ…クローディア。今までありがとう…。あなたが居なかったら、あたしはとっくに…」


唇に直接、キスを返した。


「あ……」


不意の行動に、急に大人しくなるクローディア。


「…羨ましい。あなたが…どうやったら、そんなに変われるのかしら…?わたしは、一生車椅子がないと生きられない身体なんだもの…」


ヴァージニアは、自分を変えた“魔女”を思い出す。


「クローディア…あなたにも紹介してあげようか…?」


「誰を…?」


「あたしを変えた…“あの人”を…」



ヴァージニアの淡い紅い瞳が、更に紅く輝いた。


それは、怪しく月の光に揺れる。


クローディアの赤い髪が、ヴァージニアの頬に被さった。


闇夜の風が、二人の間に静かに流れていた。














数日後、ヴァージニアは風の便りでこんな噂を耳にした。







“ハロウィーン・パーティーの晩に、自ら付き合っていた男性と友人、そして、近所の子供達数人を殺害した車椅子の女が逃亡”



「嗚呼…クローディア…。あなた、とうとうやったのね…」



目撃者の証言では、その女は車椅子から立ち上がり、狂喜の笑みを浮かべながら、恐るべき健脚で走り去って行ったと言う。



魔女は、彼女の脚と家族の幸せを計りにかけたのだ。



「おめでとう…クローディア…これで、あなたも……」



ルカの城のバルコニーで満月を見上げ、不意に涙を流すヴァージニアだった。







《完》

初掲載2010-10-21





人間の幸福って何でしょうね?





いつも、鬼畜で眩惑のdjango小説(笑)をご愛読ありがとうございます♪(゜∀゜)



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